ドグラマグラ 4

  ホルマジオ:「お、落ちつけイルーゾォ!」
  イルーゾォ:「くそぉお!イテェ!なんで俺がこんな目にぃ!」
  ホルマジオ:「相手の土俵の幅が広すぎる!コレじゃ間合いも取れねぇ!」
  イルーゾォ:「も、もうやだ、俺もうやめる!」
  ホルマジオ:「やめるって言っても、向こうさんがやめる気がねぇ。
         とにかく切り抜けるしかねぇんだッ!」

泣きそうになりながら、あとずさるイルーゾォ。
小さな魚が、自分のほうに向かって泳いでくる。それもすごいスピードで!

  イルーゾォ:「逃げる、逃げるなら簡単だ…」
  ホルマジオ:「どうやって逃げるんだよ!」
  イルーゾォ:「もうヤダって言ってんだよおお!」

ドシュン。
魚がくらいついたのは、そこに落ちてきた雨粒と、空気のカスだった。
イルーゾォを探そうとしてくるりと振り向いた先にいたホルマジオまでもが、
目の前で掻き消されるように消えていく。

館の窓から覗いていた影が、グッと乗り出した。
ヘアバンドで髪をヒステリックに上げた男、スクアーロ。

  スクアーロ:「ど、どこに消えやがったんだ?!」

双眼鏡で見渡してみても、見えるのは暗闇と雨粒、
そして困惑してぬかるみに浮かぶ魚…スタンド名…クラッシュ…のみ。

  スクアーロ:「ここにはそう簡単に入らせない…。この程度では俺が殺される…」

焦りと動揺で乱れた息を必死で整えるが、やはりそこには何もない。
さて、イルーゾォ達はどこに行ったでしょう。
1、崖から飛び降りた。
2、リトルフィートで小さくなった。
3、バレバレじゃん。

ホルマジオの目の前には、小さな鏡が落ちていた。

  ホルマジオ:「イルーゾォ…?」
  イルーゾォ:「イテェ…肩が…血ぃ出てる…」
  ホルマジオ:「ここはマンインザミラーの世界…。お前、鏡持ってきてたのか。」
  イルーゾォ:「こんなヤツがいるなんて、聞いてねぇ…スタンド使いがいるなんて…。」
  ホルマジオ:「…イイじゃねぇか…?この状況…すごくイイじゃねぇか!」

ホルマジオが、壊れたように大笑いし始める。

  イルーゾォ:「な、何がだよう!全然駄目じゃん、逃げなきゃやられる!」
  ホルマジオ:「んなこたねぇ。やれる、コレなら…イルーゾォ、
         コレがいいんだ。コレが。」
  イルーゾォ:「な、なんで?」
  ホルマジオ:「イルーゾォ。俺が出入りする事を許可してくれ、
         俺自身とスタンドの出入りが自由だと!」
  イルーゾォ:「な、何をしようとしてんだ、やつが行くまでここで待ってれば…!」
  ホルマジオ:「それじゃ堂々巡りじゃァねぇか。やらせろって。なあ?」
  
妙に生き生きとして、笑っているホルマジオ。
なんだか頼り甲斐がある。惚れそうなくらいカッコイイぜ…

  イルーゾォ:「俺は…しらねぇぞ…。」
  ホルマジオ:「大丈夫、お前のこの能力があればなんとでもなるんだ、
         それを証明してやらァ」
  
不可解な顔を見せるが、しぶしぶ承諾する。

  イルーゾォ:「ん〜ホルマジオの本体とスタンドの出入りの自由を許可する!
         オラ行け!ホルマジオ!」
  ホルマジオ:「お前は悪の総司令官かッ!」

悪態をつきながら、サンキュ、と手を振る。
何すんの?ねぇ何すんのホルマジオ??
ホルマジオが、落ちている鏡から、じっと外の魚を見据える。

  ホルマジオ:「まだ気づいてねぇ…。やれる、か・も?」

リトルフィートがすっと浮かび上がる。その人差し指の先のナイフがキラリとひかる。
見守るだけのイルーゾォ。もうすでに、星飛雄馬を見守る姉さんのような心地。
コレで樹の影から覗いてたら完璧なんだけどなぁ。
館の窓では、スクアーロが困惑している。
どこだ?どこかにいる筈なんだ。まだ、館に入って来た様子はない。
どこか、どこかに…
突然、稲光がバシン!と辺りを照らした。
何かの反射に、思わず目を閉じるスクアーロ。双眼鏡でその反射物を確認する。

  スクアーロ:「鏡…?」

  ホルマジオ:「今の稲光もイイ…敵さん、絶対俺達が見えるところにいたはずだぜ。
         やっぱり、あの魚野郎、寄って来やがった…。
         エサはこっちだ、もっと近寄ってこい!」
 
魚がどんどん近づいてくる。ホルマジオのリトルフィートの射程距離は短い…

  ホルマジオ:「一瞬で決める…一回しか、チャンスはねぇ…」
  イルーゾォ:「バカ野郎、そんな賭け…。」
  ホルマジオ:「お前の肩のお礼をしねぇとな…」
 
痛む肩を見ると、かすかな小さな傷だった。
血ももう止まり始めている。ちっぽけな傷で大騒ぎした自分がちょっと照れくさい。
決まりが悪いと、なんとなく意味なく頭を掻く。
イルーゾォもご多聞に漏れず、頭を掻いていた。ポリポリ。
そんな事をやっている間に、魚が鏡にアップになる。気色悪い。
ホルマジオが笑った。ペロリ、と唇を舌で湿らせる。

  ホルマジオ:「スタンドでも本体でも、これを一回食らわせれば俺の勝ちだ…。
         …リトルフィートォッ!!魚野郎をえぐってやれ−−−ッ!」

ガギン!
ガギギギギギン!

  スクアーロ:「!!!さ、避けろっクラッシュ!」
  ホルマジオ:「一回でイイ、一回相手に当ればッ!」
  
ギガン!

シーン。静寂。
そして…。魚が跳ねる音。

  ホルマジオ:「終わった……」
  イルーゾォ:「……」
  ホルマジオ:「アイツ、素早すぎる…。すんでのトコロで…信じられねぇぇえ!」

愕然として、そこにへたり込むホルマジオ。
魚の野郎が、遠くからこの鏡をじっと見据えていた。…ばれた。

館の窓から、呟く声。
  スクアーロ:「鏡に入りこむ能力か…なるほどな。その程度で俺と闘おうなんて、甘い。
         かすりもしないようじゃ意味がない…今度釣り上げるのは、こっちだ。」

歯軋りをする。
勝てると思ったのに。速い。速すぎる。
これじゃまるで、亀とウサギだ。いや、それは言いすぎか?
んじゃ、新幹線と超特急だ。って、それってどっちが速いんだ?
パニックした頭でロクな考えが浮かばない。

  イルーゾォ:「釣る…には、エサが必要なんだぜ、ホルマジオ。」
  ホルマジオ:「なに?」
  イルーゾォ:「イイか、絶対釣れよ、絶対だぞ、釣らなかったら、ゆるさないからな!」
  ホルマジオ:「な、何言ってんだ、オイ?」

立ちあがったイルーゾォの膝がガクガク言っている。
膝が笑うとは良く言ったものだ。どうも、この膝は大笑いしているようだ。

  イルーゾォ:「マンインザミラー!俺本体のみが外に出る事を許可しろォッ!」
  ホルマジオ:「ババ、バカ!また食われるぞ!」
  
ガボン。
目の前に魚が浮かんでいる。
歯の根が合わない。魚が、動く。
バクバクバクバク。心臓の音が自分雨の音より大きく聞こえる。
超絶ホラーの映画でもここまで怖くない!

  イルーゾォ:「エサが、あれば…くらいつくよな…ヒィィ」
  スクアーロ:「自分から…出て…来やがった?ハハハ、罠か。
         イイだろう、一瞬で殺してやる、罠にはめようなんてバレバレだぜ…」
  イルーゾォ:「やっぱ…怖いぃぃい!」

当分魚食えなくなりそう!って言うかもう絶対切り身以外食わないからな俺は!
心にそう決めて、魚を睨み付ける。膝は相変らず大爆笑。

  スクアーロ:「血イぶちまけて終わりな…!」

突然ものすごいスピードで、魚が進んでくる!
ジョーズの音楽が、ユーロビート並の速さで、メタルパンク並の速さで流れる。
そんな気分で魚を見る。

  イルーゾォ:「やっぱりこええええええ!駄目駄目駄目駄目!くんなああ!」
  
魚の向かってくる真正面から、つい、身体をそらしてしまう。
ああ、やっぱ逃げちゃったイルーゾォ。
でも魚のほうが速かった。すぐに向きを変えて、
イルーゾォの首を狙って一直線に飛びかかった!

  ホルマジオ:「イルーゾォ…今の避け方は上出来だゼェェェえ!!」
 
魚とイルーゾォを繋ぐ線の横に落ちている鏡。
ちょうど、列車を見送るような形で、鏡が落ちているようなものだ。

  ホルマジオ:「空中を泳ぐ魚ってのはいないんだぜ…」
  
鏡の外では、イルーゾォの悲鳴。
一発必中を狙うスクアーロ。
自分の腹を切り裂くナイフに気づいたのは、イルーゾォの首に歯を食いこませる寸前だった。
死角になった真横の鏡から、リトルフィートのナイフが一閃する。

  ホルマジオ:「イルーゾォ!その動きは良かったぜぇ!
         飛んでるモンは方向転換できねぇ!」
  スクアーロ:「グハゥゥ!しまった、横から!?」

見ると、自分の腹に深くはないが、長く切り裂かれた傷が残っている。
その傷を、鼻で笑う。
 
  スクアーロ:「ハァ、ハァ…クク…俺を一発でしとめられなきゃ、同じなんだ…
         何度でも、食ってやるから覚悟しな…。」

そう呟いて、傷から目を離し、窓を見ようと…。

  スクアーロ:「……?この窓の位置、何かおかしいような…」

グイ、と体を持ち上げて、窓から外を見ようとする。

  スクアーロ:「何か…オカシイ…?ま、まさか…窓が高くなって…
         イヤ!俺がちぢんでいるのか!?そ、そんな、まさかっ!」

小さくなって行く魚がオロオロとその場を泳ぐのを見て、その場にへたり込む。
鏡から出てきたホルマジオがちょっと古いガッツポーズをする。

  ホルマジオ:「一発当てれば終わったも同然!切り抜けたぜ、イルーゾォ!」
  イルーゾォ:「ふへぇェェェェ〜。死ぬかと思った、マジで、マジでぇぇ!」
  ホルマジオ:「俺達生きてンじゃねぇか!お前のマンインザミラー、最高だぜぇぇ!」
  
疲れたように笑うイルーゾォの背中をバンバンと叩いて、ホルマジオが笑う。
オイオイ、君達、仕事が終わったわけじゃないんだから。
これから、これから。

  ホルマジオ:「魚野郎、ちょっと小さくなったら、俺達を見失っちまったみてぇだ。
         このまま小さくなって消えちまうだろうな…」
  イルーゾォ:「お、俺の作戦勝ちだな!な!」
  ホルマジオ:「俺の作戦だろぉ!?」
  イルーゾォ:「お前は失敗したろうがよォ。俺の作戦がうまく行ったんだよぉ」
  ホルマジオ:「作戦にしちゃ、ずいぶん上手い演技だったなぁー?」
  イルーゾォ:「じ、実はハリウッドにスカウトされた事があるんだ俺。」
  ホルマジオ:「その嘘はちょっとキツイな〜ァ?さ〜て、行こうか?」
  イルーゾォ:「どこに?」
  ホルマジオ:「館に。」
  イルーゾォ:「いやだ。」
  ホルマジオ:「いざとなったら、鏡の中に逃げれば大丈夫だって!」
  
そう言って、丸い鏡を拾い上げる。
ため息をついて、その鏡を受け取るイルーゾォ。

  イルーゾォ:「い、一億の為だ…やってやるぜえぇえ…」
  ホルマジオ:「そうそう、半分コな。」
  イルーゾォ:「俺が六割だろ?俺がいなかったら逃げらんねぇモン」
  ホルマジオ:「どうせリゾットに五割方持ってかれるって」
  イルーゾォ:「営業のサラリーマンはつらいよなァ…」
 
愚痴を言い合いながら、ターゲットの屋敷に向かう。
雨音にまぎれて、車のドアのしまる音が掻き消される。

  ギアッチョ:「あの程度のスタンドにてこずるようなヤツ等、
         俺の能力で一瞬で捕まえられんじゃあねえかよぅ?」
    ソルベ:「まぁまぁ。現行犯で逮捕したほうが有無を言わせないだろ、
         もうちょっと泳がせようぜ。」
  ギアッチョ:「こっちの泳いでるのは、ほっといてイイのか?」
  ジェラート:「貸して」
  
ギアッチョがつまみあげた小さなメダカほどの魚を受け取ると、
ジェラートはフイ、とそれを海に投げ捨てた。

    ソルベ:「オイオイ、とどめささなくっていいのか?」
  ジェラート:「どうせ組織とは関係ないヤツでしょ?目障りだよ」
    ソルベ:「ジェラート…?」
  ジェラート:「ん?どうしたの?」
    ソルベ:「……何でも…ない。」

稲光がもう一度館を照らし出す。
入り口の門が、小さく開いていた。
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