続・ご近所ジョジョ物語
デーボ編・第9話「スタンド」

                       

静かな時間。
J・ガイルに微笑みかけていたエンヤがつと空を仰ぐ。


J・ガイル:ママ?
  エンヤ:客がきたのう…
J・ガイル:えっ!?

車のドアの閉まる音が山に響くのを聞く。
つと首を上げて、窓の外を見る。
J・ガイルは首を傾げた。
デーボの車が戻ってきている。


J・ガイル:俺ちょっと行ってくる!
  エンヤ:気をつけるんだよ。
J・ガイル:…うん。ありがとう…行ってくるよママ。


猫背のまま、ゆっくりと扉を開けて出て行く。
生まれつきの猫背が伸びるような、そんな気分で。
初めて、一人で歩いたような気がした。


暗い部屋に一人。いや、二人。
エンヤがじっと横たわるデーボを見つめる。
手にした杖が、軽く床を二回叩いた。


  エンヤ:何を考えておる


そう問いかける。かすかに動いたデーボが目を開いた。


  デーボ:…気づいてたのか。
  エンヤ:聞き耳とは趣味が悪いのォ
  デーボ:邪魔できなかっただけだ
  エンヤ:そら心遣いありがたいねぇ。
  デーボ:…またオレは生きてるのか。何故だ…?
  エンヤ:あんたはついてない。息子は元医者さ。


ゆっくりと体を起こして、エンヤを見る。
目が霞んで体がふらふらする。


  エンヤ:そう急くな。血が足りないようじゃからの。
  デーボ:ヤツが…医者?そんなコト全然…。
  エンヤ:言わなかったろう、息子にとって医者であると言うことは恥なのさ…
  デーボ:……なのに、オレを生かした、と。
  

うつむいてうなだれる。
いつでもそうだった。死ねない。
…どうして俺は死ねない。どうして俺は死にたい?
力が、欲しい…


  エンヤ:死にたいか
  デーボ:わからねぇ
  エンヤ:生きてる理由がわかってて生きてるヤツがいると思うのか?
  デーボ:そんな高度なこと言っても
      俺の気持ちが変わらないのはわかってるんだろう?
  エンヤ:クダまいてんじゃぁないよ。自分が分からなくて
      見つけようとしてもがき続けるのに飽きただけじゃろう、貴様は。
  デーボ:知ったようなコトを言うな!


力の入らない目で睨み付ける。
目を伏せたまま笑うエンヤ。
このババァには、勝てない。俺は、この恥さらしは…


  エンヤ:泣くな。
  デーボ:な…
  エンヤ:泣いておろう、貴様。
  デーボ:な、泣いてなどいない!
  エンヤ:涙だけが悲しみの象徴では無かろうて
  デーボ:あんたは…
  エンヤ:なんじゃい
  デーボ:なんであんたはそんなに強いんだ…!


口惜しさと恥ずかしさでいっぱいになる。


  エンヤ:何故おまえは死にたい?
  デーボ:自分が無力だと思うからさ…俺の存在理由なんでどこにも…
  エンヤ:あんたの力ってのはスタンドだけなのかい
  デーボ:何? 
  エンヤ:スタンド以外の自分の力をもっと大切にするんじゃな
  デーボ:スタンド以外に俺に力なんてねぇんだ!俺はスタンドしか…!
  エンヤ:スタンドに支配されるものがたまにおるのう。
      スタンドはおのれの影であり、分身であり、守護者である。
      そしてスタンドはおのれ自身でもある。わかるか。


大きくため息をつくと、ベッドの上に倒れ込む。
受け入れる器。己を受け入れる器。
それを自分の奥に感じながら。
気づくと、頬がぬれていた。風が冷たく感じた。


  デーボ:もし、捨てたら…
  エンヤ:なに?
  デーボ:スタンドを捨てたら、何が残るんだろうな…
  エンヤ:何も減らず、何も増えず。さ。
  デーボ:スタンドが無くなるんだぜ?
  エンヤ:なくなりゃせん。無くなるのは、オマエが死んだときだ。
      スタンドは特殊な力とされる。殺傷能力もあるし、保護能力もある。
      言って見ればそれは自分自身と何ら変わりは無かろう?
  デーボ:人間が、スタンドか。
  エンヤ:ほう、面白いことを言うのォ
  デーボ:言ってみただけだ…。
  エンヤ:捨ててみたいと思うなら、捨ててみたらどうだ。
  デーボ:……
  エンヤ:それで何も見えなかったら、ワシに文句を言いに来るがいいさ。


そう言ってまた笑った。
エンヤが笑うたびにどきりとする。見透かされているような、安心するような。

  
  デーボ:やれやれ…。あんた、本当に母親だな…
  エンヤ:しかも筋金入りじゃ。
  デーボ:この旅館は運営してるのか?
  エンヤ:なぜじゃ?
  デーボ:さっき「客がきた」と…
  エンヤ:あんたの愛しの姫君とマッチ棒さ
  デーボ:な、なに!?なんでそれを早く言わない!?


慌てて起きあがるが、くらくらして座り込んでしまう。
エンヤが苦笑いする。

 
  エンヤ:J・ガイルも闘うつもりは無いじゃろう。
      あるとすれば、マッチ棒がうちの息子に手を出して正当防衛かのう?
  デーボ:それが一番ありえるじゃないか、冗談じゃない…
  エンヤ:あんた面白いやつじゃな
  デーボ:え?
  エンヤ:今まで死にたがってたのが、そんなことで慌てとる。
  デーボ:そう…だな…?
  エンヤ:死にたがっててたのは、スタンドのほうじゃないのかえ
  デーボ:知ったようなこと言うな。
  エンヤ:あんたもまだ子供じゃのぉ
  デーボ:う、うるさい!
  エンヤ:照れるな照れるな。親があるうちは誰でも子供じゃて。
  デーボ:いちいち刺さることを言うなよ…クソ、からだが思うようにうごかねぇ…
  エンヤ:息子を信じてみんか?
  デーボ:…え?


ゆり椅子の上で、初めてエンヤが笑顔を消した。

  
  エンヤ:息子を信じてやってくださらんか
  デーボ:……
  エンヤ:どうか。
  デーボ:……
  エンヤ:どうか。
  デーボ:信じるさ。J・ガイルもポルナレフも、鈴さんも。
  エンヤ:…デーボ
  デーボ:なんだい?
  エンヤ:ありがとうねぇ
  デーボ:いや
  エンヤ:ありがとうねぇ
  デーボ:泣くなよ…。参ったな、ちょ、ちょっと…


ふと、母親のことを思い出した。
俺は、今までなんにも見てなかった、そんな後悔と発見で気持ちが高ぶっていた。


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