ドグラマグラ 2−11

空に向けて希望を放つ。
十年くらい前にやったことがあるあんな風な時間のように。
希望という名の破壊を放とうとする。

  ソルベ:「たいした威力はねぇが、頼むぜ一発…」

心の上で空と称した、その壁に向けて。
左手の義手(!)を組替えてカチリと小さな音を立てさせる。

  ソルベ:「あんまり使いたくなかったんだよな…イテェんだもんな…」

片肘の切断面の骨から繋がるトリガー、その衝撃は当然身体にそのまま跳ね返って来る。
ちょっとした事故で片腕を落として、その後フランスで作らせた義手。
不法所持?知るかそんなモン。ばれなきゃ所持してる事にもならねぇ。

  ソルベ:「ココはちょっと気合入れて!…
       そう、何もおきねぇなら何か起こせばイイ、って俺ちょっと極端かね。ハン。」

ガチャリ。
完全に組み終えた左手は既に簡素ではあるがちょっとした重火器のようだった。
それを目の前の壁に向かって構える。

  ソルベ:「もし、もしだぜ、もし、そこにいるんだったら、うらまねぇでくれよな」

誰にともなくそう語りかけて。
自らの体の引き金をひこうと。
……途端。
左腕が掴まれる感触がした。

  ソルベ:「え…ッ?!」
ジェラート:「駄目、駄目ッ!」
  ソルベ:「ジェラート?い、いるのか?なんで?あれ?どこに?」
ジェラート:「駄目、壊しちゃ、駄目、壊して、お願いだから、壊さないで、早く…」

つじつまの合わない言葉が次々と俺にかけられる。
目の前には誰もいないのに、確かにそこにジェラートの感触を、この左手に感じた。

  ソルベ:「ジェラート?」

無音に戻ってしまったのを確認すると、気を取り直してもう1度壁を狙う。

すると途端。
ギュム。
左手を掴もうとするその手を。
逆につかみ返す…。事に。成功した。


  ソルベ:「捕らえたぜ。もうはなさねぇ。顔、見せてくれ、ジェラート」
ジェラート:「駄目だよ…ドグラマグラは壊しちゃ駄目。もうすぐなのに」
  ソルベ:「声だけかよ…なぁ…。お前はここにいる、俺はそれを知っている。
       俺はお前を見る。絶対にココにいる、だからお前はココにいる、そうだろ?!」
ジェラート:「……馬鹿…」
  ソルベ:「そんなこと言われなくても知ってらぁ」
ジェラート:「壊しちゃ駄目だよ。君達はライヘなんだから、そう、天井を壊して。
       壊しちゃ駄目。見たいなら壊して。お願い」
  ソルベ:「?なにを言って…」
ジェラート:「壊して、壊しちゃ駄目ッ!」
  ソルベ:「ど、どっちなんだよ!?」

掴んだ腕が、かすかに震える。

  ソルベ:「イイか、俺は、ジェラートに聞いている。
       どうすれば、イイ?1度だけ聞くから、1度だけ答えて。」
ジェラート:「……。」
  ソルベ:「壊してイイのか?」
ジェラート:「天井、を…。」
  ソルベ:「天井?」
ジェラート:「壊しちゃ、駄目…イヤ…もう、助けて…壊してぇッぇぇぇっ!」
  ソルベ:「任せな!」




ギアッチョ:「クソ…終わりたくねぇ…終わりたくねぇよ…」
スクアーロ:「終わらせやしないさ。そう、お前等はもう。」
ギアッチョ:「スクアーロ?!てめえ…ッ……言っても…しかたねぇか」
スクアーロ:「終わりと決めたのか?決めるしかないのさ、終わらないなら、足掻け」
ギアッチョ:「あ?」
スクアーロ:「見えないものを見て、もう見えないからな、
       お前達には、見えるはずだから、足掻いて…無駄だ。」
ギアッチョ:「な、何言ってんだ?おい、どういうことだ?!」

見えるのは壁。見るなと?見えないものを見て、ってのは一体…
只、只あたりを見まわす。
スクアーロの声は聞こえたはずだ。
聞こえた。
間近で聞こえた。あたりをはばかるように小声で、俺にだけ囁くように、その声は俺に届いた。

ギアッチョ:「スクアーロ!どこにいやがる!?」
スクアーロ:「崩壊の、時が…待っている、もう、どうにも出来ない、
       意味のないことだから…」
ギアッチョ:「意味がわからねぇ、わかるように言え!」
スクアーロ:「崩壊、させろ、崩壊、その手で、無駄だ諦めろ、諦めるな。」
ギアッチョ:「……崩壊…壁が壊れねえ物だって決めたのはいつからだ。そうか、そうか…」
スクアーロ:「無駄だ。もう、完成する、まだ、完成しない、
       終わらない、終わらせろ、終われば…」
ギアッチョ:「……無駄口は…もうイイ!」




イルーゾォ:「やだ、やだ。リゾットがそんなだなんて信じねぇ。
       信じねぇ、この状況も信じねぇ。
       ホルマジオだって信じねぇ筈だ、こんなん納得いかねえ。
       納得行ってたまるか…。!」
ホルマジオ:「そうだな…」
イルーゾォ:「!?ホルマジオ」
ホルマジオ:「声、聞こえ、た…ぜ、…の、…まえの…」
イルーゾォ:「なんだよ、よく聞こえねぇよ!生きてんのか?!良かった、良かった…ッ!」
ホルマジオ:「…は、…ぎら…れ…て…。」
イルーゾォ:「ホルマジオ?どこにいるんだ?どっから喋ってんだ?」
ホルマジオ:「わか……な…い」
イルーゾォ:「聞いてくれ、リゾットが、裏切ったんだ、リゾットが!」
ホルマジオ:「裏切りは最高の友への祝福。すべてをさえぎる権利は誰にもない」

口様が変わるホルマジオに脅えながらも、壁を見渡す。
何か、あるはずだ。じゃなきゃホルマジオの声が聞こえるはずがない。
納得いかない、こんなままでじっとしてられるか。

イルーゾォ:「ホルマジオ?」
ホルマジオ:「もう……自分。コン…ロール…できな…」
イルーゾォ:「ホルマジオ?!?!?」
ホルマジオ:「ライヘが集まればそこに何が生まれる?それは友への賛歌。」
イルーゾォ:「……ホルマジオ…お前まで…」
ホルマジオ:「真実は、もう作られたままそこに現存して残される、
         見ろ、見るんだ、お前の真実を、見えるはずがない、
         見ろ、見えるはずだから、見えない…。」
イルーゾォ:「い、意味がわかんねぇよ、どうすりゃいいんだよ、ホルマジオ!」
ホルマジオ:「サヨウナラだ…イルーゾォ…駄目だ、無理だ。
       壊してくれ…安住してしまえは苦しみなどない。」
イルーゾォ:「……安住しねぇで苦しんだ方がましだ」




メローネ:「そうか…もうすぐ…俺は、そう、望んだから…」
リゾット:「いいんだよな。そうお前が言った。」
メローネ:「そう言った、筈だ、から、俺の…」
リゾット:「メローネ?」
メローネ:「どこだ、俺は、どこにいるんだ、どこだ、見つけろ、見つけなければ…」
リゾット:「……?メローネ?」
メローネ:「違う。違う…いや、正しい。間違っていない、完成させろ。
      そう、自分が見えないうちに。」
リゾット:「…なにを…言って…」
メローネ:「ここに俺が戻ってくる前に、ドグラマグラを完成させなければ…」
リゾット:「……?メローネ…?俺にはお前の言っていることがよく、理解出来ない…」
メローネ:「完成、させてくれ、駄目だ、俺はここにいる、誰だ、俺は誰なんだ」
リゾット:「オイ…!」

そこに座りこむ各々を見つめて。その各々が見つめる壁を見ることは出来なくて。
壁はいつか俺にも訪れる。
自分が見えないうちに、壁を、ドグラマグラを完成させろ、と。
そう言う、のか?それとも…

リゾット:「メローネ?どこにいる?お前はメローネなんだろう?」

目の前に座りこむ友のうつろな目に語りかける。
この男は誰なんだ?
いつしか俺も自分に向かって誰なんだと問う、そんな時がやって来るのだろうか。

メローネ:「観客は…誰なんだ…」
リゾット:「……見つけたさ」
メローネ:「……。ここに…」
リゾット:「もう、既に来ているさ。なぁ。」
メローネ:「誰、なんだ…」
リゾット:「お前だ」




チョコラータ:「こんな筈じゃなかった、俺の完璧なドグラマグラは、
        俺をも巻き込むというのか?!」
   セッコ:「はー、終わり?」
チョコラータ:「セッコ、いるのか!?」
   セッコ:「チョコラータ?!いるのか!?俺だ、セッコだよぅ」
チョコラータ:「そうか、いるのか。どこにいるんだ?壁の向こうか?こちら側か?」
   セッコ:「わからねぇんだ、あの部屋から、地下からやっと出て来たってのに、
        俺はもう、どこにいるのかわからねぇんだよぉ!」
チョコラータ:「わかる必要がないからわからないのか、
        わからないと思うからわからないのか。」
   セッコ:「チョコラータ?」
チョコラータ:「……見えない…終わりを決めたのは誰だ。俺かお前か?」
   セッコ:「チョコラータ?よくわかんねぇんだけど…」
チョコラータ:「このまま、このままなのか、俺達は」
   セッコ:「そんな訳ねぇじゃん、オ、俺はいつだってどこからだって這い出してきた!
        今回だってなあぁっぁ、絶対に這い出してみせる!!」
チョコラータ:「無駄だな、やめておけ…なんとかしろ…」
   セッコ:「這い出す!壁なんて俺に取っちゃ関係ないよね、ね、チョコラータ?」
チョコラータ:「無駄だ。俺がそう言うのだ、間違いない。」
   セッコ:「チョコラータ?そ、そうなの?出られないの?絶対に…
        チョコラータがそう言うならそうなのかもしれない…」
チョコラータ:「完璧…。だったんだ、俺の…ドグラマグラは…フ、フフフフフフ…」







カシャン。






鏡に映る真実。
空を写した爆風。
観客席に座らされた観客。
壊れると信じて叩いた壁。


二つの壁を残したままで。
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