ドグラマグラ 2−10
そうしてリゾットは車の扉を開けた。 そうしてココに来たそのものに目を奪われた。 その間中風は静かだった。 なのに音は何も聞こえないようだった。 パタンとかすかな音を立てて閉じた扉に ちょっとだけ目を伏せただけだった。 リゾット:「サヨウナラを言うのはこっちの方だったかな…」 眠りこけてしまった二人を置いて リゾットは其処に来た車に身体を滑りこませ 其処から離れて行った。 リゾット:「サヨウナラ、登場人物達」 助手席の男がにっこりと笑った。 無音の空間。 台詞のない劇は観客がしらける? そう、もうココは舞台の下。 我々に与えられた声はもうない。 リゾット:「約束は、守るよ、メローネ…」 誰にともなく、呟く。 運転席のスクアーロが、リゾットに手渡したもの。 ドグラマグラの台本は、完成している。 リゾットが手にしたそれはそう、完成している。 後は… 頭が痛い。 何かイヤな予感を覚えて痛む頭を押さえつける。 目を開いても何も見えないのと同じ。 すべて、壁に囲まれて。 ギアッチョ:「……ッ?!なんだ!?な、いった、い、これはッ!」 周りはすべて壁。 入り口もない、出口もない壁に押しつぶされそうになって。 イルーゾォ:「なんだってんだよぉぉー!?なんで?どうして?! リゾットが…?そんな、そんなん俺、信じられねぇよ!」 そして壁に囲まれて一人。 ギアッチョは?!オロオロと周りを見渡しても見えるのは壁だけ。 イルーゾォ:「そんな、そんな…そんな訳ねぇ、もう、もう終わり?」 ギアッチョ:「また…俺は…馬鹿だ、俺は、最悪だ… あの馬鹿やろうに託されたってのに!アイツは俺を信じたんだぞ! 俺は、こんな終わり方…するのか…よぉぉおおッ!」 ガツンと叩いた壁の手応え。 この壁は現実?なのか。 そうか、本当なのか。 ジェラート:「そう、一人は淋しいね」 チョコラータ:「助けてくれ…」 ジェラート:「見えないでしょう?」 チョコラータ:「何故なんだ、俺の催眠は完璧だったはず…」 ジェラート:「完璧ですよ、先生。なんで疑うんですか、僕は貴方のライヘ。でしょう?」 壁に手を当てて声だけを聞く。 とにかく理解出来ない、そう言った表情でチョコラータもまた冷たい床に膝を折る。 チョコラータ:「セ、セッコはどうしたんだ、セッコ?!」 ジェラート:「ちゃんと、集めたよ、先生。イルーゾォもギアッチョもチョコラータもセッコも 残ったものは全部きちんと集めたよ。 次はどうすればイイの?先生?」 チョコラータ:「そ、そんな馬鹿なコトが…!」 ジェラートの声は壁越しに? 間近で聞こえるような気もする。 しかし遠いような気もする。 目の前にあるのは壁だけ。 チョコラータ:「ジェ、ジェラート、スクアーロ!命令を変える!俺をココから出せ!」 無音。 そしてすべての壁。 反響しない声。 イルーゾォ:「いやだ、こんな終わりかた、イヤだーッ!」 ジェラート:「イヤだな、違うよ、終わったんじゃないよ、これは終わらないんだよ」 イルーゾォ:「ジェラート?いるのか?おい、ちょっと、なぁ!」 無音、そしてすべての壁、反響しない声。 ギアッチョ:「俺は…何も出来なかった…いや、俺は何もしなかったんだ…」 ジェラート:「いいの。しなくてイイの。すべきはただ操り人形なんだよ」 ギアッチョ:「!?」 無音そしてすべての壁反響ない声 ソルベ:「ZZZZ」 ジェラート:「……」 無音… スクアーロ:「先生、俺達はすべてを成し遂げました。」 ジェラート:「うん、すべて集めました」 スクアーロ:「このドグラマグラは後どうしたら完成するんですか?」 見えない扉の向こうから細い声。 友にすべてを託された。 リゾットの、声が小さくこだまする。 リゾット:「多分、これで完成なんだろう…これで、本当によかったのか。 本当に、イイのか?本当にこれで良いんだな、お前はそう言ったものな。 だから、俺はそうした、これで良いんだな?なぁ、なんとか言ってくれ」 イルーゾォ:「なにがだよ!なんであんた、なんで、信じてたのに!」 ギアッチョ:「諦めたくねぇ、でも諦めるしかない?どうしたらイイのかもう俺にはわからない…」 ソルベ:「………」 聞こえないお互いの声。 壁に閉ざされて、空しく空回る自分の声。 リゾット:「…言ってくれ…これで良いんだと…でなければ…俺は、俺はココから去れない」 メローネ:「もう一つ…」 リゾット:「言ってくれ、メローネ!」 メローネ:「ドグラマグラの観客を。これが本当であったと言う証を。 生きた観客を、ココに。頼む。」 リゾット:「お前が望むなら…。」 聞こえない? 一人一人のうめき声が。 脚本に縛られた登場人物達の声が。 聞こえなければならない。 そう、貴方は観客。 観客を集めよう。 この事実をみたものを集めよう。 すべて収集すれば、そうすればアイツとの約束が果たせる。 いつか約束した、一つだけお互いの願いをかなえ合うという約束を果たそう。 ソルベ:「…………」 リゾット:「そう、叶えるさ…約束だ…だが…どうやって…観客ってのは… 誰なんだ?誰でもイイのか?」 メローネ:「わからない…お前が、この後を完成してくれ。すべて、託そう。」 リゾット:「魅入られて…しまったんだな。ドグラマグラに」 ソルベ:「……」 メローネ:「そうだな…」 リゾット:「観客を集めたら、封印を解いてイイのか」 メローネ:「ああ。集めたら。」 リゾット:「わかった。わかったよ。メローネ…」 リゾットの声はすべてのものに聞こえ。 それぞれの声はそれぞれに届かない。 出来あがってしまったのか、ドグラマグラと言う監獄は。 ソルベ:「出口のない部屋、パラドックス…外界からの声は聞こえる…?」 うつ伏せのまま脳みそをこねくり回す。 こんなときジェラートがいたらもうちょっと何か思いつくのになぁ… そもそも今のリゾットの声からすると、俺達は全員集められたってコトになる。 まさか、メローネまでもが完全なる収集を求めていたのは意外だったが、 芸術家のコトは俺にはよくわからねぇ。 とにかく、俺は実在したいから、とにかく、俺はココから出たい。 そんで美味い酒飲んで楽しいコトいっぱい喋ってたまには泣いてもイイ。 んじゃ皆はどこなんだ。 リゾットはさっき、メローネと話している風だった。 メローネはどこだ、そうすると。 どこなんだ?こんなにリゾットの声が聞こえるのに メローネが近くにいないわけがない。 近いのに聞こえない、どこにいる、壁の向こうか? そっと耳を当てて声を掛けてみても返答はない。 そもそもこの壁は 一体、なんなんだ。 気に入らない、とにかくこの壁が気に入らない。 天井も床も気に入らない。 壁の向こうに本当にメローネがいるんだとしたら、俺は何ももう、何も出来ない。 何も…。 そう、何も出来ないって決めちまったのは、俺じゃないのか? ソルベ:「ムカツク…。」 壁の部屋で一人だけ立ち上がった者がいたが、 やはりそれは誰にも気づかれる事のない足掻きの様に、見えた。 | |
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