ドグラマグラ 2−6

 チョコラータ:「そう、傷を付けてはイケナイよ。」

扉が開く。メローネが振り向く。ホルマジオが構える。
扉の向こうにはニヤニヤ笑うチョコラータの姿。
つい、と、二人に向かって手を差し伸べる。

  ホルマジオ:「出やがったな…」
   メローネ:「貴様チョコラータ…。俺を上手く使ったつもりだろうが…
         侮るのもいいかげんにしてもらおうか」
 チョコラータ:「はっははははは?!侮る?!とんでもない!すばらしい素材だよ君達は!」
  ホルマジオ:「素材だと?てめぇ十分侮ってんじゃねェか!」
 チョコラータ:「先日はどうも、登場人物の皆さん。」
   メローネ:「……あの塔は…物語の舞台だといいたいのか」
 チョコラータ:「そう!よく出来ました!そして君達は登場人物。
         そしてここにあるのはその舞台の小道具だね!そうだろうッ!?」
   メローネ:「俺の敬愛する美術品を小道具などと!お前などに渡せるものか」
 チョコラータ:「何か勘違いしているようだね?」
  ホルマジオ:「なんだと?」
 チョコラータ:「俺は君達を敬愛したいのだよ…小道具は付属品に過ぎない。
         わかるかね?君達は今警戒しているね?
         俺がいつスタンドで攻撃してくるかと。
         俺の狙いが分かったかな?傷をつけてはイケナイのだよ。
         そして一つ忠告だ。もう意味がないがね。
         スタンド使いがスタンドを使うだけが脳だと思わないことだな」

確かに油断していた。
チョコラータはスタンドを出していなかった。
チョコラータに近づいていたメローネが膝を折る。

  ホルマジオ:「おい、メローネ…ッ…う、なんだ…?何しやがった…」

後を追うようにホルマジオが倒れかかる。
チョコラータが笑いを止めた。舌先で何か薬のようなものを転がしている。
眠気とだるさ。睡眠ガスか何かを仕込んでいたらしい手のひらを
用が済んだとばかりに握るチョコラータ。

 チョコラータ:「さて…蝋か…ホルマリン…。いや、剥製という手もあるか…」

チョコラータの狂気じみた呟きがかすかに耳に入る。
そのまま、暗闇しか見えない世界へ落ちていく。
おやすみ。ライヘの資格は十分だ。
倒れた二人はもうそこにはいなかった。
戻ってきたチョコラータがあたりを見まわす。

 チョコラータ:「セッコ?先に来た筈だが…地中が渋滞でもしていたのかな?」

何言ってんですか先生。

 チョコラータ:「……もう一人登場人物がいたはずだが…
         見当たらないというのはどう言うことだ…」

呟きながら地下の部屋を一周する。
一番奥の鏡の破片。パキリ。
それを足で踏んであたりを見渡す。

 チョコラータ:「セッコの残り香がするな…イルーゾォは任せるとするか」

ふん、と、鼻で笑う。
イルーゾォ、なんか馬鹿にされてますよ。
しかしどう考えてもスタンドの性能はセッコの方が上。
いずれ想像がつく話ではあるのだろうが。
鼻歌を歌いながら、チョコラータが扉を閉める。
…っと、戻ってきて地下の明かりを消す。
そうそう、電気は大切にしないとね。
ガツン、ガツン、ガツッ…。
暗闇になると同時に、鈍い音が止む。

    セッコ:「あ?明かりが消えやがった」

セッコの目の前には倒れたままのイルーゾォ。
イルーゾォをかばう様にマンインザミラーが立ちはだかっている。
ズリ…ズリ…
少しずつ体を動かす。こめかみから何か熱いものが流れているのがわかった。
もう一つで…終わるんだ。もう一つ…
イルーゾォが小さくつぶやく。
地べたに這うような格好のイルーゾォの背中をセッコの足が捉えた。

    セッコ:「わざわざ引きずり込んでリンチ食らうたぁ
         目ざとい奴…あ?メガトン奴?いや違うな」
  イルーゾォ:「メデタイのはテメェの脳みそだぜ…」
    セッコ:「いいかげん気絶!気絶しろってばよォォォォ〜!」

セッコが踏んだ足を持ち上げてもう一度振り下ろす。
マンインザミラーがガードするが、はじかれる。何度もこれの繰り返しだった。
無論、避けきる事が出来なかった体は鈍痛でゆがんでいる。

  イルーゾォ:「げぅ…」

体を持ち上げてもう少し前へ。
壁際まで数センチ。
右手をいっぱいに伸ばす。鏡の外の俺の分身。
それを掴んだ指がきれて熱い。
しかしもう足りているのだ。
これが最後の一つ。最後の。

    セッコ:「何隠してやがるんだお前!見せろッ!」
  イルーゾォ:「ぐげぇっ!」

イルーゾォの体を蹴り上げて動かす。
せきこむイルーゾォ。
蹴られたおかげで壁に近づいた。これで…

    セッコ:「なんだこりゃああ?ナイフ…かぁ?
         いや。ちがうな。鏡だ!鏡だろうこれ!」

その鏡を拾い上げようとしてセッコがうめく。
鏡に触れないのだ。

  イルーゾォ:「鏡の中では、外のものを動かせるのは俺だけだ…」

セッコが振り向く。
イルーゾォがふらりと立ちあがった。
マンインザミラーがゆっくりと動く。
セッコが構える。
イルーゾォが動くよりも早く、セッコの腕がマンインザミラーの首元を捉えた。

    セッコ:「つかんだぞぉぉぉお!このまま落ちやがれ!」
  イルーゾォ:「掴んだんじゃねェ…掴まされたんだ…ッ」
    セッコ:「落ちろ!落ちたら俺は帰れるんだからな!」
  イルーゾォ:「もうお前は帰れない。マンインザミラー…。
         その腕を掴んで葬ってやってくれ」
    
ガツ。
ありったけの力でセッコの腕を掴む。

    セッコ:「また引きずり込もうッてのか、無駄だ無駄だ無駄なんだぁ」
  イルーゾォ:「グウウ…無駄なんかじゃねェッ!!!
         ホルマジオの礼だ!無駄なのはテメェだァァッ!」

首から思いっきり手を引き剥がす。
そして叫ぶ。

  イルーゾォ:「マンインザミラー!こいつの鏡の出入りの自由を許可する!」
    セッコ:「何言ってんだァ?それじゃ普通じゃねェか!俺でも分かるぞこのやろう」
  イルーゾォ:「そして俺と俺のスタンドのみがこの鏡から出ることを許可しろ、
         マンインザミラー…
         さようならだ。最悪の終結だ…」

ズバン。
セッコをおいて鏡から抜け出す。
元の世界。真っ暗闇の地下室。
足を地につけたそのとたん、イルーゾォは決定した。

  イルーゾォ:「この世界の鏡から奴が出ることを禁止する」

フラリ。
倒れかけて、棚につかまる。
ゴン。
頭に何か落ちてくる。小さなガラスのコップ。時下100円でも頭は痛くなる。
痛い。
ずるずるとしゃがみこむ。
……奴はもう。

    セッコ:「何したって同じだァ!お前を気絶させてもって帰るんだ!」
  
ガボン。
鏡に入りこむ。セッコの体がワープするように消える。
右の壁から左の壁へ。
みると、放射線状に鏡が配置されていた。
鏡が鏡をうつす。そしてその鏡を鏡がうつす。
入り口の向こうのもう一つの入り口、連なる出入り口。
さらに、そこに鏡の破片が増えていく。

  イルーゾォ:「鏡の迷宮だ…こないだの塔では怖い思いさせてもらったぜ…」

残った鏡の破片を拾い集めながら、配置した放射線状の鏡にさらに足していく。

    セッコ:「何が、なんだってんだ!?どれが出口だ?!」

地中に潜って出てくる。だが、鏡の散乱する世界のまま。
鏡が鏡をうつす。
終わらない鏡の饗宴。セッコが慌てて鏡を割ろうとする。
スカ。
スカ。
壊れない鏡。

  イルーゾォ:「鏡の世界で物を触れるのは俺だけだ…
         終わりなき世界ってのは…案外怖いもんだな…はぁ」

セッコの悲鳴が聞こえたような気がしたが、多分気のせいだったろう。
ホルマジオ達の姿がないことに気づいたのは、それからすぐだった。
地下を出て(出るまでにいくつかの美術品を壊したのは言うまでもない)
一階の小窓から、こっそり外を覗き見る。
誰もいない。ホルマジオの車とメローネのバイクがおいてある。
何も音がしない。
玄関先に、ホルマジオの愛用していたピアスが落ちていた。

そう、ドグラマグラはここではない。
ライへが……集うよ…、ジェラート…
こだまする声。抜けられない回路。そうか。ライヘを導くのは己の役目。
導こうあのドグラマグラへ。
導こうこの魂を捨てて。
そう、この魂が抜けていく。
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