ドグラマグラ 2−プロローグ

トゥルルルルルルル。
電子音が鳴り響く。
ここはホテルの一室。
広過ぎるともとれる、その部屋のベッドの上で
男が面倒くさそうに体を起こす。セクシーな流し目。
金色の髪を掻き揚げると、携帯電話を手にとって無言でボタンを押す。

  メローネ:「……」
  ++++:『相変らず無言で出るんだな』
  メローネ:「もうかけてくるなと言ったはずだが」

冷たく言い放ってそれを切ろうとする。
電話の向こうで笑い声が聞こえた。
 
  ++++:『君にもう一度会いたい。今夜11時、そこへ行くよ』
  メローネ:「…!ここを何故知って…!!」

プツン。
電話は一方的に切れた。
怪訝そうな顔で身支度を始める。
手荷物は少しだけ。携帯電話とノート型PC。
鏡を覗きこむと、少々疲れた顔がそこにあった。
はぁ。そろそろドモホルンリンクルかな…?

  メローネ:「…。あの男…何をたくらんでいるのだ…」



ガン、ガン、ガン、ガン。
規則的な金属音。
牢屋の前に置かれた椅子に座ったギアッチョが鉄格子を蹴り続けている。
鉄格子の中はまるで一つの部屋のようであった。
白い壁。そして白い机。スケッチブック。
それにニヤニヤしながら落書きをしているチョコラータがそこにいる。
手に持っているのはお子様用クレヨン。水で洗うと落ちます。

  チョコラータ:「イライラは身体に毒だよ」
   ギアッチョ:「暇だから蹴ってるんだ。わりぃか?あ?」
  チョコラータ:「連続的な衝撃は膝をいためる。
          膝を痛めると言うことは繋がっている背骨、
          そしてそれから広がる神経の…。」
   ギアッチョ:「理論的なモノで精神が落ちつくなら病院はいらネェんだよ」
  チョコラータ:「精神が落ちつく方法がある。俺を殺して終わらせることだ。どうだ?」
   ギアッチョ:「殺されてぇか」
   ジェラート:「誘いに乗ると精神をやられるよ?」

バタン。
長い廊下の先にある扉からジェラートが入って来る。
手にはコーヒーカップを持っている。
心配そうな顔で近づいて来る。こんなの見たらソルベがなんて言うか。

   ギアッチョ:「分かってんだよ…ムカツクやろうなんだコイツが!
          そもそもなんで俺がコイツを監視しなきゃならネェんだ?!」
   ジェラート:「……疲れたでしょ?ココアとコーヒーどっちがいい?」  
   ギアッチョ:「甘いモンにしてくれ…」
   ジェラート:「はい」

そのやり取りをチョコラータは楽しそうに見ている。
まるで監獄に入っているのがこちらのようだ。
監視されているのがどっちなのかわからない。
よほど監獄の中のチョコラータのほうが自由に見えた。

   チョコラータ:「ギアッチョ。君の親は元気かね」
    ギアッチョ:「死んだよ。関係ねぇだろ黙ってろ」
   チョコラータ:「そうか。その親は君にやさしかったかい?」
    ギアッチョ:「知らないね」
   チョコラータ:「会話にならないネェ。ツマラナイなぁ〜
           それじゃカビでも使って遊ぶとするか」
    ギアッチョ:「…ホワイトアルバム」

ジェラートが嫌そうな顔をして少し離れる。
チョコラータはグリーンデイを出しただけで、そのままニヤニヤしている。
ギアッチョが手をかざしたガラスの部分が寒さで白く曇る。
楽しそうにチョコラータが笑う。ため息をつくギアッチョ。
疲労の色が見える。あなたもドモホルンリンクル?

    ジェラート:「必要なモノがあったら言って。すぐ誰か来るから…」
    ギアッチョ:「コイツの死刑判決と死刑執行が欲しい」
    ジェラート:「…すぐに出るはずさ…もうちょっと頑張って…ね?」
    ギアッチョ:「睡眠が欲しい…」
    ジェラート:「君にしかこいつの能力が押さえられないってのが無情だね…。」
   チョコラータ:「レ・ミゼラブル。誰の助けもなく路上で死んでいくのだ」

ガツン!鉄格子がひときわ大きな音を立てた。
ジェラートが哀しそうな顔をしてソコを離れる。
チョコラータが眠ってしまうその時くらいしか休めない。
ギアッチョの疲労はかなりのところまで達しているようだった。
ライヘ。俺のライヘはまだ生きている。ライヘ達よ鎖に繋がれて手のひらで舞え。

夜の街。
口笛を吹きながら楽しそうに歩く男。
回りを通る人々が微かに彼を避けて行く。
口笛はレ・ミゼラブル。路上で死んで行く男を誰にしようか。
大きなホテルの前。そこを通り過ぎる。
少し先に行ったところの角を曲がってバーに入る。
カランカラン…。

   マスター:「いらっしゃいませ…」

質素なバー。人もまばらだ。
奥の四人がけの席に迷わず進む。
その先にいるのは…

    メローネ:「俺をつけてどうする気だ、スクアーロ?」
   スクアーロ:「君に興味があるんでね。」
    メローネ:「俺はもう君に興味がない。
          しつこいようなら…それなりの行動をとらせてもらう」
   スクアーロ:「まぁ…酒でも御一緒しよう…話はそれからだ…。」

バーの光は薄暗い。
スクアーロがスルリと机の下に差し込んだ注射器は、
メローネの目にうつることはなかった。
ただ、チクリとした痛みがわき腹を刺す。

    メローネ:「…!な…」
   スクアーロ:「ただの自白剤だ。
          強くはないから記憶障害も起こすことはないだろう安心しろ。」
    メローネ:「……後悔…するぞ」
   スクアーロ:「どうかな…」

酔いつぶれたように机に伏せるメローネ。
その肩に手をかけて覗きこむスクアーロ。
あやしいってーの。
ほら、マスターが慌てて目をそらしてるし。
酒の席は静かだった。


………うとうととして、ふいに目を覚ます。
あたりを見渡すと、どこかの部屋のようだった。
どこだろう、ここは。
ギアッチョは寝ぼけた頭をけんめいに動かした。
部屋?
なんで部屋?
白いしっくいの壁。俺の膝の上に置かれたスケッチブック。
夢見てんのかな。俺は。疲れてるからな…
いや、寝てる場合じゃない!チョコラータを…

   ギアッチョ:「チョコラータ…を…?」

立ちあがって見まわす。
ここは…俺が。牢に入っているのか?
鉄格子を掴む。あたりを見渡す。自分を殴る。
アゴに入ってノックアウト。してどうする。
フラフラしながら地面に目を落とすと…
不自然な大きな穴。

   ギアッチョ:「な、なんだぁってぇぇぇぇぇ?!?!?!」

逃げられました!…って!どんな顔して言ったらいいんだ!?
ガチャン!陶器の割れる音がしてソッチを振り向く。
ジェラートが口を覆って眼を丸くしている。
ギアッチョもジェラートもただ口をパクパクさせるだけ。
よろめきながら鉄格子の扉を押す。開かない。
ジェラートに開けてもらってやっとソコから出て来る。
自分のいたはずの椅子の足元にも大きな穴。

   ジェラート:「……他のスタンドが来たとしか考えられない…」
   ギアッチョ:「仲間が…いたのか…そんな…。俺…は…」
   ジェラート:「責任感じてる場合じゃないよ!早く手配しよう!
          そんなに遠くに行ってないはずだよ」
   ギアッチョ:「ああ…分かってる…く…クソ…クソッ!」

幾ら睨みつけても鉄格子の中は、もぬけのカラ。
幾らタメイキついても増えるのは抜け毛だけ。禿げるよ?
手配はすぐになされた。包囲網が貼られる。
ギアッチョは呼び出されて大目玉を食らっていた。
うなだれたまま。何も言わないギアッチョ。
さすがにこう言う時は静かだねギアッチョ。

ソルベが署長室の中の様子をうかがう。
……ガン!
アンタそんなお約束な。
突然開いた扉にシコタマ頭を打ち付けて脳天を押さえてうずくまる。
そのソルベを一瞥すると、ギアッチョはものも言わずに歩いていってしまった。

     ソルベ:「ありゃぁ重症だな…」
   ジェラート:「君のたんこぶもね。」
     ソルベ:「愛がないなぁ」
   ジェラート:「コブにキスしてあげようか?署長室の前で。」
     ソルベ:「…やめとくわ」
   ジェラート:「でしょ」


うとうととして、不意に目を覚ます。
ここはどこだ?見まわすと、どうもホテルの一室らしかった。
体は…動く。記憶もしっかりしている。
……
自分の近くに置かれているPC。携帯電話……
起きあがって電話を見る。モノはあるが、バッテリーが抜かれている。
小さな窓に手をかけてみるが開かない。
分かっていはいたが、ついでに出入り口にも手をかけてみる。
開かなかった。
ちょっと考えて小首をかしげる。

    メローネ:「どうやら囚われたようだな…さてどうするか」

慌てようよメローネ。
コツコツと部屋の中を歩き、壁や床に耳を当てる。

    メローネ:「なんだ1階か。地面はすぐソコだな…良し…」

携帯電話のアンテナを引き出し、それをひねって投げ捨てる。
つい、と離れて耳をふさぐ。
ドォォオォオン。
壁の向こうで真っ黒になったスクアーロが寝ていた。

    メローネ:「風邪を引くぞ?」

ベッドの布団をかけてやると、スルリと出て行く。
昨日喋ったことは覚えている。
そしてつじつまのあわないスクアーロの言葉も覚えている。
「逃げようとしても無駄だ…早く逃げないと君まで巻き添えになるからね。」
意味がわからなかったが、何かありそうな予感はした。
ただ一つ、完全に分かっているのは、
ヤツは俺のコレクションを狙っている。と言うことだった。
 
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