■餓狼伝説、KOFのストーリーとは全く関連ありません。設定も違うです。

winter snow

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■逃げ場
県内を抜けて、すでに車はマリーの属する所轄内から離れていた。

 山崎「所轄出ちまえば、対応が遅れるからな」
 ユキ「そーだね。」
 山崎「分かって返事してるのかオメェ」
 ユキ「ショカツ出ると対応が遅れるんでしょ?」
 山崎「ショカツって字書いてみろ、ホレ、窓によ」
 ユキ「まっかせて」

ショカツ。
ユキがカタカナで大きくフロントガラスに指で書いた。

 山崎「前に書くな前に!ってそれカタカナだろうが!」
 ユキ「ほらほら、ショカツ!」
 山崎「わーったよ…マヌケ」
 ユキ「マヌケ」

フロントガラスに、間抜け。漢字で大きく指で書くユキ。
山崎の手がユキの頭をゴツンと叩く。

 ユキ「痛いー!何すんだよぅ山崎!」
 山崎「阿呆」
 ユキ「阿呆」

フロントガラスに指で書こうとした文字を、頭をもう1度小突くことで止める。
ユキが頭をさすりながら、山崎の頭を逆に小突いた。

 山崎「イテェだろうが!」
 ユキ「山崎〜」
 山崎「ああ?」
 ユキ「空綺麗だね。」
 山崎「ああ。」

空が高くて、星が満タンに散らばっていた。
郊外の街灯がちらほらと見える程度の住宅地。
明かりが少ないせいか、空が高く見える。
その一角に車を止めて空を見上げる。
ユキが、じっと山崎を見ていた。
気がつかないフリをして、歩き出そうと…。
ピルルルルルル。
聞いた事のある、いや、聞きなれた電子音。

 山崎「あ?」
 ユキ「山崎電話」
 山崎「俺の携帯は置いてきたぞ?」
 ユキ「あたしが持ってきた〜!まずかった?」
 山崎「ま、まずいもなにも使えねぇだろうが!」

ユキが持っている携帯を分捕って、着信を見る。
この携帯の着信履歴を調べられたら、追われやすくなる。
自分の足跡になるようなものは、すべておいてきたツモリだった。
携帯の着信を見ると、マリーからの着信の表示が出ていた。

 山崎「つけられねぇように、置いてきたんだ、出るんじゃねぇぞ」
 ユキ「……ご、ご免アタシ…物凄く馬鹿だ…ご免…」
 山崎「お前本当に殺し屋か?随分間の抜けた…」
 ユキ「お父さんにも同じこと言われたよ。山崎お父さんみたいだ。」

ユキがそう言ってにっこり笑った。
何がお父さんだよ。
そんで俺は何で照れてんだよ。
俺になつくなよ…。どうせどこかで捨てるんだから。

 ユキ「携帯、どうしよう」
 
ユキが携帯を持ったまま困りはてる。
携帯の着信音は、すぐに止まった。
その携帯をユキから受け取ると、着信履歴を調べる。

 山崎「ゲッ!何でコイツが」
 ユキ「何?何?」
 山崎「い、いや、なんでもない。ただのイタズラ電話だ」
 ユキ「????」

着信履歴の中に、一つの名前があった。
着信時間は、ちょうど家を出る前。
マリーからの2度目の電話だと思っていた電話。
それは違う人間からの。
俺が出所したとどこかで聞いて、かけてきたのだろう。
もう会うこともないと思っていたが。
女からの電話だった。名前はバイス。飲み屋で知り合った、ただの大人の女だ。
会う必要もないし、会う理由もない。
ユキに言う必要もないし、バイスは俺のことを良く知っているわけではない。
着信履歴を調べられて、俺の足跡を追う手だてにはならないだろう。
携帯の画面を覗き込んできたユキに気づいて、着信履歴を消す。
ユキが物足りなそうな顔をしたので舌を出して馬鹿にしてやると、
アカンベーを返された。子供相手に俺はなにやってんだか。むかつくガキ。
さっさと済ませて、楽になろう。

 山崎「ついて来い、すぐに済ませる」
 ユキ「はーい」

ユキは素直について来た。
うるさい携帯の電源はすぐに切った。
それをポケットに押し込みながら、すぐ近くのマンションに入る。
高級マンションの入り口で、部屋のボタンとキー番号を押す。
無論、指紋がつかないように、布を通して。

ややあって、一つの部屋のインターフォンから応答があった。

 ??『どこからだ?』
 山崎「リリーは元気か?」
 ??『阿呆…上がって来い』
 山崎「おう」

玄関の扉が、音を立てて開く。
入居者、または管理人の許可なくしては入れない高級マンション。
山崎とユキが入って、扉を閉じるとまた鍵がかかる。
そのまま階段を使って3階まで。

 ユキ「どこに行くの?」
 山崎「さぁな」
 ユキ「教えてよぅ」
 山崎「うるせぇな、いてこますぞ」
 ユキ「イテコマ?」

首をひねるユキをほおっておいて。3階の一室の前に立つ。
扉の下を靴先で何度か蹴ると、扉が開いた。

 山崎「よう、相変わらず暇人かよ、ビリー」
ビリー「アノな山崎。俺がせっかく暗号をだな」
 山崎「んなもんいらねぇよ、面倒クセェ。入らせろ客だ客。」
ビリー「ったく、お前が来るとロクなことがない」
 山崎「今回もロクなことじゃねぇよ、喜びな」

ビリーカーン、俺の昔の仕事仲間。
って言ってもこいつはヤバイ仕事はあんまりしない。
俺は麻薬、こいつはただの用心棒。
ちょっと手荒い用心棒ではあるが、用心棒自体は法律に触れない。
しかしそのせいかあまり需要もない。
海外だったらギャンブル場で引っ張りダコなんだろうけどな。
たまたま、縄張りにしている区域が一緒だった。それだけの仲だ。
ユキがビリーの顔をじろじろと見る。

ビリー「山崎」
 山崎「ああ?」
ビリー「この子は?」
 山崎「知らないガキだ」
ビリー「な、なに!?」
 山崎「ううっそ。」
ビリー「おちょくるな」
 山崎「外人をおちょくると面白いからな。
     日本人の言うことを馬鹿みたいに信じやがる」
ビリー「普通日本人ってのは、信用出来るモンなんだ!」
 山崎「ヘェへェ、どうせ俺は信用できないよ、で、どっかに部屋ないか」
ビリー「なにかしたのか」
 山崎「サツの女殴った。ちょっとうるさかったんでな。」

ビリーが肩をすくめてユキを見る。
ユキが肩をすくめて笑い返した。
その様子を見て、ビリーが噴出す。

ビリー「その子も一緒にか?」
 山崎「……」
ビリー「待ってろ、幾つかあるはずだ」

ビリーにうながされて、ユキがソファに座る。
山崎は立ったまま、ビリーの動きを見ていた。

 山崎「その辺の物触るんじゃねぇぞ」
 ユキ「うん」

ユキは大人しく、両手をそろえて待っている。
病院で順番を待つ患者のように。
ビリーが持ってきたのは、いくつかの鍵だった。

ビリー「どれがいい?」
 山崎「……全部信用出来るんだろうな。」
ビリー「危ないところ提供したら、俺がお前に殺されるだろう」
 山崎「分かってるじゃねぇか。んじゃ、ユキ一つ選べ」
 ユキ「あたし選んでイイの!?やったー!んじゃね、えーっとぉ」

楽しそうに、ユキが鍵を見る。
ビリーの手元で揺れる鍵。5、6種類はあるだろうか。
どれもが隠れ家として信用出来る場所の信用出来る鍵だ。
ビリーの稼ぎは、用心棒代だけではない。
ほとぼりが冷めるまでの、場所提供。
そう言う事を売りにしている人間もいる。

 ユキ「これがイイ!」
ビリー「え?」
 山崎「なんだよ」
 ユキ「なんで、え?」
ビリー「…いや…別に…俺はいいけど」
 山崎「なんだよ、信用出来るって言ったのはお前だろうが」

ビリーが首をかしげて、山崎を見る。

ビリー「いやね、別にいいんだけどね、俺の部屋でもね。」
 山崎「ああ?って…」
ビリー「その鍵は俺の部屋。どうする?選びなおすか?」
 山崎「阿呆かテメェは!なんで自分の部屋の鍵を一緒に入れとくんだ!!」
ビリー「ここが一番安全だからだ」
 山崎「……。」

ち、足元見やがる。
何気なくユキに取りやすい位置に、
その鍵を持っていっていたのは見えてたんだよ。
しかしそう言うハッタリには俺も手が出る。
博打を打ってみたくなるのは性格上だ。
多分、ユキが自分の妹とダブって見えて、
「心配だ〜」とかその程度のレベルの話だろう。
いっそこいつに預けるか。
……それはそれで心配だ。
いや、ユキが、じゃねぇぞ、俺のこと知ってる奴を
野放しにするのが心配なんだぞ!
……多分。

 山崎「金は」
ビリー「先払いだ」
 山崎「だろうな」

とことん足元見やがる。
現金でいつもより少ない金額を提示してやると、ユキをちらりと見て、
札束で自分の頭をペシンと叩く。
ため息をついて、奥の部屋へ消える。金をしまいに行ったんだろう。
ユキも案外役に立つな。
ビリーの同情心を煽る結果で金が安く済む。

その夜。提供された一つの部屋で、ソファに寝転がる。
ユキは別の部屋で大人しくしているようだ。
久々に、一人になった気がする。
ユキと一緒にいたのは少しの間だけなのに、
ものすごく長い時間を過ごしていた気がした。
ユキは、なんで俺について来たんだろう。
ずっとそれが気になっていた。
俺を親のカタキだと言っていたはず。
無論、俺に人殺しの覚えはない。
麻薬使って人殺すなんて、そんな足のつくような馬鹿なまねはしない。
ユキは俺を信じた。
そしてサツを殴った俺を助けると言った。
俺はなんでこんな、くだらねぇ気持ちになってる?
なんでユキを助けようとしてる?
……
はじめて気がついた。
俺はユキを助ける、いつのまにか自分にそう決めていた。

息が詰って……眠れなかった。
何度も寝返りを打つ。
置き上がって、ソファに腰掛けなおす。
何度も打ち消そうとした。俺が人を助けるなんてありえない。
でも今、現に俺はユキの逃げ場を作ろうとしている。
俺が逃げるためだ、そうだ、そう言う理由を使って俺はユキを。

ユキが、なんだってんだ!

気持ちに理解が、頭がついていかない。
髪をかきむしっても整理がつかない。
ひときわ大きなため息をついた時、部屋の扉にノックの音が響いた。


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