ドグラマグラ 2−8

  チョコラータ:「揃わないじゃぁないか。」

ゴン。壁を強く叩く。

  チョコラータ:「しかも俺のドグラマグラを壊したねジェラート?」

ガン。壁の音が響く。
鏡の部屋。そこにうずくまるジェラートの影。
ぼんやりとした瞳が、所在なげに鏡の壁を追っている。
近寄って、見下ろすチョコラータ。
その影に気づいてジェラートが見上げる。

   ジェラート:「先生…」
  チョコラータ:「君が登場人物でなければ殺しているところだよ」
   ジェラート:「……」
  チョコラータ:「ふふ。なにを言っても無駄だね。もう君に人格は存在しない。」

分かったのか分からなかったのか。ジェラートが目を伏せる。
閉じた瞳の裏に移る爆風の影。
傷ついたソルベ。
傷をつけてはイケナイとアレほど言われたのに。

 チョコラータ:「イルーゾォとギアッチョを何とかして収集せねばなぁ…」

そう呟いて、ジェラートを見る。
抜け殻のような人間。もう一つの抜け殻は部屋の隅で転がっている。
スクアーロとジェラートを見比べて、顎に手を当てる。
ちょっとした探偵気分で推理する。って言うか、この場合悪知恵と言いませんか先生。

  チョコラータ:「まあ、もう1度くらいは使えるだろう」



ガラン!
物凄い巨大な音を立てて、形相のギアッチョが駆け込んできた。
その形相に、客もマスターも後ずさる。

    リゾット:「ここここ、今度はなんだッ!」

リゾットさん声が裏返ってますよ。
それほどの形相を見せたギアッチョ、リゾットの前に速攻で陣取ると、声を張り上げたいのをなんとか押さえる。
がるるるるるる。
そんな音が聞こえてきそうな形相。
うかがうようにその顔を覗きこむ。

    リゾット:「落ちついて話してくれ、何があった?」

リゾットが手際良く酒をグラスに用意する。
まぁ酒でも飲んで落ちつけ、そう言うことなのだろう。
その酒をグイと煽ると、ぜーぜーと息をつく。
勿体ねぇ…結構高いウイスキーなんだけどな。心でそう思ってリゾットが眉を寄せる。
そんなコトは知ったこっちゃない、味なんてわからないギアッチョは逆にグラスを割りそうな勢い。

  ギアッチョ:「リゾット…!」
    リゾット:「は、はい」

リゾットさん敬語だし。

  ギアッチョ:「網張られちまった…俺は…最低だ」

その一言ですべてを理解する。
無言でグラスに酒を注ぐ。
注ぐために少々グラスに近づけていた顔をグイと捕まれて、悲鳴が上がりそうになるのをこらえた。

  ギアッチョ:「メローネは、メローネの野郎はどうした?!」
   リゾット:「いや、連絡は入ってない…」
  ギアッチョ:「俺のほうもそうだったんだ、何かあった可能性があるってんだよ!」
   リゾット:「いやしかし、君は現にこうして普通に戻ってきているじゃないか」
  ギアッチョ:「仲間が…減ったよ…二人、な。」
   リゾット:「それはどう言う…」

カラン。
また一人また一人と、客が増えて行く。
だんだんと集まって行く時間帯らしかった。
ちらりと客に目線を送ったリゾットが、凝固する。
凝固したリゾットの目の前で手を振っても動きさえしない。
つねっても動かない。
いろいろ試した後、振りかえるギアッチョ。さっさと振り向きなさい。

  ギアッチョ:「イ…」
   リゾット:「イルーゾォ…?」

客に混じって、イルーゾォの姿があった。
なんでココにいるの?そんな顔をしてリゾットが困惑する。
当のイルーゾォは、ギアッチョに気づいてちょっと驚いたようだったがそのまま真っ直ぐリゾットに向かってきた。
頬の内側を、舌で何度か舐めているようだった。
頬に大きな痣がある。
それがただ事ではない事態を知らせる。

  ギアッチョ:「イルーゾォ!テメェがなんで」
  イルーゾォ:「待ってくれよ。テメェこそなんで」
    リゾット:「メローネは?ホルマジオはどうした」
  イルーゾォ:「さらわれたよ」
  ギア&リゾ:「なにぃぃぃ?!?!?!」

客が何事かをこちらを振り向く。
小声で、小声で話しなさい!

   イルーゾォ:「チョコラータと泥の野郎が来やがった。」
     リゾット:「チョコラータが?」
   ギアッチョ:「テメェメローネのところにいたのか」

やっと事態が掴めたね、ギアッチョ君。
イルーゾォがこくんと頷く。
ギアッチョが無言で先を促す。

   イルーゾォ:「泥の野郎は封じ込めた。後はチョコラータを追う」
    リゾット:「ちょ、ちょっと待て、お前が追うのか?」
   イルーゾォ「このまま引き下がれるかよ、この状況で!」

イルーゾォが歯軋りをする。
下唇を噛む。
チョコラータが狙っていたのは美術品のはずなのに。
俺達が狙われて、そうだ、泥の野郎は「もって帰る」と言っていた。
……

   イルーゾォ:「リゾット」
     リゾット:「なんだ」
   イルーゾォ:「チョコラータの狙いってのは、俺達じゃないか」
   ギアッチョ:「だろうな。ジェラートとソルベも消えた。おそらくチョコラータのところだ」
     リゾット:「……」

リゾットが、小さくうめいた。
その目の前に、ギアッチョが小さな紙切れの束を出す。
白い紙、小さな文字の羅列。

     リゾット:「なんだ…?」
   ギアッチョ:「ドグラマグラのシナリオだとよ」
   イルーゾォ:「ドグラマグラ?!ちょっと、見せてッ!」

順番が狂ったシナリオの束。
ドグラマグラのシナリオ。
台詞と注釈が混じったまさにシナリオ。

   イルーゾォ:「この間の…ドグラマグラの塔の事件は…。」
   ギアッチョ:「チョコラータのコレクションを知ってるか」
   イルーゾォ:「人間とその持ち主の美術品…まさか」
   ギアッチョ:「このシナリオを完成させたいんだよ、おそらくな、コレクションとして」

つじつまがあう。すべて。
俺達のシナリオは整った。
俺達はただの登場人物。
ただの、ただの手のひらで舞う登場人物。
リゾットが、カウンターを離れた。
それに構わずシナリオに目を走らせる。
戦い。狂気。苦しみ、悲しみ、そして結末。
括られた俺達登場人物は痛い程人間的だった。

カラン。
何度もその音が響く。
何度も響く乾いた鈴の音。

顔を上げると、リゾットが戻ってきていた。

    リゾット:「行こうか、ドグラマグラへ」
  
一言。
振り向くと、客がすべて出ていった後だった。
リゾットが笑う。ドグラマグラを目指して。
駒は揃った。
脚本は、燃やしてしまおう。
すべて俺達の存在の為に。
自ら動く駒になるために。脚本家は俺達を知らない。
事実の上に存在する脚本なんて作れない、と、リゾットがそう言った。

それを肯定するために。
ドグラマグラを探そう。
破壊するために。
自由であるために。    
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