クラウディア
==================ジョージ宅===================

潰れたカマロはなんとか動いた。
車にあらざる音を立てるカマロをなんとか引きずって家の前までたどりつく。

ジョージ:「ん?」

芝生に女の子の姿。
こんな朝早くに?
カマロをガレージの前まで動かして行くと、
それに気づいた子供が私のほうを興味深そうに見ている。

  子供:「おじさーん」
ジョージ:「……」
  子供:「車壊れちゃったの?」
ジョージ:「…ああ。君はどこから来たんだ?」
  子供:「あっち!」

子供が指差したのは。

ジョージ:「あっち?」
  子供:「うん、あっちよ」

ニコニコとひとなつこそうな笑顔で指差している先は。

ジョージ:「アレは私の家だぞ?」
  子供:「んじゃ、その横のその中!」
ジョージ:「そこは私の家のガレージだ」
  子供:「うん!そこにする!」
ジョージ:「……」


おじさんと呼ばれたのも気になったが、
子供の良くわからない言動に振りまわされそうで。
まぁ子供だからな、とあきらめようと思う。
『おじさん』……い、いや、それほど気にはしていない。
車から降りてガレージのシャッターを開ける。

  子供:「ねえねえ。おじさんはどこから来たの?」
ジョージ:「…え?」
  子供:「あたしは教えたよ。おじさんも教えないとイケナイんだよ」
ジョージ:「…そうか?」
  子供:「そうよ!ルールだもの。」
ジョージ:「…お母さんはどこにいるんだ?家に帰りなさい」
  子供:「おじさんルールも守れないの?」
ジョージ:「…私がどこから来たか?」
  子供:「そうよ!教えて?」
ジョージ:「すまんな、私にもわからないのだ」
  子供:「んじゃおじさん迷子?」

ガレージを広くしようと工具類を拾って片付ける私を一生懸命覗きこんでは問いかける。
子供の質問というのは時に酷く難しい。
 
  ジョージ:「私が、迷子か。フフ、そうかもしれんな」
    子供:「それじゃクラウディアと一緒だね!」
  ジョージ:「クラウディア?」
    子供:「あたしの名前。クラウディアよ、よろしくね。おじさんは?」
  ジョージ:「…ジョージ。君の名前はクラウディア?迷子なのか?」
クラウディア:「レディに質問する時はちゃんと目と目を合わせるものよ、おじさん。」
  ジョージ:「はいはい。」

屈み込んで。
クラウディアと名乗る子供と目を合わせる。
大きくてキラキラした瞳。
膝までのふんわりとしたスカートが、
細かい花柄のシャツの上で水色の柔らかい光を放っている。
パッチリとした睫毛が何度か瞬きをして私の目を捉えた。

クラウディア:「おじさん、ここはどこ??」
  ジョージ:「ここは私の家だ」
クラウディア:「あたし気がついたら其処にいたの」
  
クラウディアがそう言って指差したのはガレージの中。

  ジョージ:「そこに?」
クラウディア:「うん。だから物凄く困ったのよ。誰もいないし、怖いし、
        でも泣いたらイケナイってパパが言ってたから泣かなかったの。
        絶対いつでも助けてくれる人がいるからって。
        おじさんはクラウディアを助けてくれる人?」
  ジョージ:「私には無理だろうな。警察の人だったら助けてくれるかもしれないが」
クラウディア:「おじさんはあたしの運命の人?」
  ジョージ:「はぁ?!」
クラウディア:「女の子はね、いつかそう言う出会いをいつかするんだって!
        意外な出会いが有ったらそれは運命かもしれないわよ、って、ママが言ってたわ」
  
ジッと見つめるその目からゆるゆると視線を外して、大きな溜め息をつく。
コレだから子供は苦手だ。
自分の世界ってのを強くもちすぎてる。
それを私に押しつけられてはたまらない。
さっさと警察にでも預けて、私は仕事に…

クラウディア:「おじさーん」
  ジョージ:「…おじさんはよせ。私はまだ自分ではそれほどとは思っていないのだから」
クラウディア:「んじゃダーリン?」
  ジョージ:「ジョージで良い!」
クラウディア:「名前で呼んでいいの?!もうすでに恋人同士ね!」
  ジョージ:「…はぁ……もう、好きにしてくれ…」

とにかく、警察に預けてさっさと仕事にいこうと思った。
間に合うかな…?いや、こっちから連絡でも入れておけば大丈夫だろうか…
多分後で酷く叱られるんだろうな。ああ、面倒だ。

クラウディア:「ジョージ、元気ないのね。」
  ジョージ:「色々と面倒があってね」
クラウディア:「それをこなしていくのが男ってものよ。」

小さな身体をふんぞり返らせて、誇らしげに笑うクラウディア。
生意気そうな目がクルクルと私を捉える。
家に入る前に警察につれていこう。
コレ以上面倒ゴトとは沢山だ。
ただでさえ気持ちが塞いでる時に、まったく神様ってのはあまり
お慈悲ってやつを知らないらしい。
…気持ちが塞いでる?
そうか、私は今、そんな気分だったのだな…

カマロはガレージの奥にほうりこんでおいた。
ボンネット内部を見る楽しみは後にとって置こう。
自分でも知らずのウチにフェアレディZのキーを握っていた。
子供の身体に一番負担のない車はコレだろうと思ったからだ。
案外私も優しいね。

助手席にクラウディアを乗せて、自分も運転席に乗りこむ。

クラウディア:「逃避行?」
  ジョージ:「いらん言葉ばっかり知ってるな、君は」
クラウディア:「駄目!クララって呼んで?」
  ジョージ:「…クララ、シートベルトをしろ」
クラウディア:「うん。あ、その前に」

ジョージの頬に小さなキス。
慌てて頬を押さえて彼女を見ると悪戯そうに笑っていた。

クラウディア:「いってらっしゃいのキスよ。」
  ジョージ:「……は、はぁ…」

……もう、文句を言う気にもなれない…
呆れ顔をなんとか無表情に戻しつつ、エンジンをかける。
小さな手が一生懸命シートベルトを引っ張っていた。
カチリと言う音を確認して。

  ジョージ:「行くぞ」
クラウディア:「いってらっしゃい!」
  ジョージ:「君も行くんだぞ?」
クラウディア:「今のはあたしに言ったの。
        クララ、いってらっしゃい!はい、キスは?」
  ジョージ:「省略だ」

そう言ってアクセルを踏みこんだ。
クララが何か言っているようだったが、エンジン音に掻き消されて殆ど聞こえない。
始めからさっさとこうすれば良かったんだ。

クラウディア:「もう、照れ屋さんね〜」

き、聞こえない聞こえない。
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