黒いオープンのベントレーが走り抜ける。
この広いアメリカでも目立つ巨大な車体、黒いダイヤみたいに光るボディ、
音も立てずに失踪する爆裂的な速さ。
日本車じゃあ、こんなの信じられないよな。
あ?幌はもちろん皮製、今は外しちゃってるけどよ。
この車がクリードの持ち物。好きで乗ってるのか、分相応のものを探したのか、他のじゃ頭がつかえるのか。
ぜってー後者だぜ。

今日は、仕事が捌けた後に会う約束をしていた。
クリスマス間近で多少混雑した町の中心部を避けて、
住宅地のど真ん中を走っている。
「イイ車だよなぁ〜」
「乗るたびにそう言っているな」
俺にそう返すクリードの顔、まんざらでもなさそうだな。
気に入ってんだろうな。
そんなの、俺が運転してていいのかね。
信号でいったん止まって、アクセルを踏みなおすと、2000回転あたりからターボがかかる。
その瞬間、理科で習ったはずの摩擦とか慣性とか重力とか、そういうのを全部否定するような、シートに押し付けられる加速!
たまんねー!

「気に入ったようだな」

そう言って、クリードは笑った。
なんかよ、俺ばっかはしゃいで、ガキみてぇじゃねぇの。
「好きで買ったんじゃねぇの?」
「…そうだな、気に入ったから手に入れた。それだけだ」
「それだけで4千万も出すなよ」
「それだから4千万出したんだ」
なるほどね。
こいつの中ではそういうのが当たり前なのな。
気に入ったものは手に入れる、それが金がかかるものであろうとも。
…俺もそう言や、かなりの額で買われたな、はじめはよ。

いつの間にか、俺は商品じゃなくなっていたけどな。

俺は今までに何を手に入れたんだろうなぁ。
名声、力、…なんだ、あと。
金?持ってるほうだよな。だがまだ足りねぇ。まだ上がある。
それは俺の気に入ったものだから手に入れたのか?
それとも、必要だったのか?
「クリード、おめーよ」
「なんだ?」
爽快な走りを見せるベントレーの運転席、ハンドルを握り締めて風を浴びる。
冷たく頬をさすような風が、俺のいらねぇ部分までを覚めさせているみてぇだ。
「車以外に気に入って買ったもんって、あるのか?」
「お前」
「違くて」
「うーん………」
悩んじまってるよ。
本当に気に入ったものしか、買ってねぇのかな。
俺はまだそれが見つからねぇのかな。
俺が日本から持ち込んでこっちで乗り回してる車は、大して気に入ってるものじゃない。
このベントレーの方が好きだ。思うように走れるからな。
ただ、でっけぇよなー。
う。俺って日本人くせぇこと言ってねえ?

「うーん、やはりお前、だな」
「…に、言ってんだよ」

ぽん、と置くようにドラッグストアの駐車場にベントレーを止めて。
コーヒーでも、買うかな。これから多分長いんだ。
自動ドアをくぐって、店に入ると、
「あ、山崎さんどうも」
ドラッグストアの店員が声を掛けてきた。
見ると、俺が仲介してるルートの元締め、セヴィア(変な名前)ファミリーの、チンピラだった。
「なんだ、こんなところでバイトかよ」
「へぇ。まあ色々ありまして」
クリードは、と見ると、ガキみてぇに雑誌なんかめくってた。
あーやって気に入りのモンでも探してるのかね。
俺はどうやったら気に入ったモン、見つけて買おうだなんていう気になれるんだろうな…
一度味わってみたいよな。それほど欲しくなるなんて気持ち。

「代わろう」
「頼むわ」

キーをクリードに渡すと、俺は助手席へ。
コーヒーの缶を股に挟んで、あったけー、なんて言って。
クリードの操るままに走り出した車、なんかこう、似合うよな。やっぱり。
車も、気持ちよさそうだ。
乗り出したのは国道らしき広い道、どこを見ても真っ暗な空。
星なんてありゃしねぇ。

クリスマス用のイルミネーションに彩られた誰かの自宅。
あんなもん、欲しくもなんともねぇ。
もっと、欲しくなるような…

何か。

欲しいもの?

「やっぱ、チカラだよな、後、金」
「そうか?」
「オメーは持ってるから欲しいとおもわねぇんだよ」

そう、言うなればクリード、お前が持ってるそのチカラと金。
その強さ。
超回復能力、ってヤツも欲したい。
俺に移らねぇかな。

そう思いながら、その体に手を伸ばした。
「山崎?」
その声を無視して、腿に手を這わせた。
筋肉に覆われた太い足、力の象徴みたいな。
「おい」
この体はコイツの持ち物、俺の体は俺の持ち物。
欲しがったって、手に入るもんじゃねぇ。
強く、なりてぇなあ。もっと。もっと、誰もがひれ伏すくらいのよ。

「勃っちまうだろうが」

へ?
あ、ああ、そうか、こんなところ触ってたら。
勃つよな。このオッサンなら。
勃つかな?

「山崎!」

あわててやンの。
俺の左手が、運転してて腕が自由にならないクリードの、
その下半身、
そのベルトを割って中へ差し込まれたから。
「反応早いじゃねぇの」
「…人が運転してると思って…」
「俺は平気だからな、運転してンのはお前だしー」
指に触れるいつもの硬さと熱さに、舌で唇を湿す。
「…こ、こら、遊ぶな!」
「なにが?」

指の先を使って、扱き上げた。

「…ッ、山崎!運転しにくい!」
「俺何もしてねぇもんよ」

意地悪く舌を出して見せてやる。
あー、おもしれぇ。滅多に無いからな、俺が優位に立つなんてよ。
此の侭、意地悪しちまおうかね。
よく知ってる弱いトコ、裏側の線を強めに押し上げる。

「…っ」
「どうしたオッサン?ギブアップかよ」

フォン、と音を立てて、ベントレーをテスタロッサが追い越していく。
そういえば、俺がこんなことしてるせいか?結構地味に走らせてるよな。
それだけ、感じてるってことか?
…勘違い、してぇのかな、俺。
クリードよりも上とか下とか。
そんなコト、気にしたこと無かったのに、上になりたいとか思ってる。
こういう気持ちは嫌いだ。
誰かと同等の位置を平均にして、上だの下だのなんて。
俺は俺の位置だけで生きてる。
だから、誰の上でも下でもない、だけど全世界の上でありたい。

我ながら、意味わかんねーよ。

眉をしかめるクリードのソコから手をはずして、
そのまま、もう一度太腿をなぞる、内側の方、皮の薄いほう。

「…山崎」
「なんだよ、触ってねぇじゃん」
「…いいかげんにしろ…知らんぞ」
「は?」

もう一度意地悪く笑って。
へーだ。
たまには俺で困れ。

「後悔するぞ」

え?


クリードが運転席をかすかに後ろにずらして。
それが見えたと思った瞬間、胸倉をすごい勢いで掴まれた。
「うわ…!」
そのまま引き寄せられて、
どこへ、って、
さっき俺が指で弄ってた、もうすでに血が昇っちまってるその部分へ。
「な、なん…んっ!」
「咥えな…ここまで煽ったんだ、それくらいしろ」
ぐい、と押し付けられて…
お、おい。だって、今外にいるし、下手に覗かれでもしたら…
そもそも、おまえ運転中じゃねぇかよ!
クリードの右手は俺の胸倉から頭へ移動してて。
そのまま、俺の口元を押し寄せる。
「っく、クリード…ちょい待ち…」
「聞かんな。舐めろ。それだけのことはした筈だ」
…調子に、乗りすぎた報いってやつのつもりか?
くそ…
しょうがねぇ、なぁ…

押されて、口の中に入りそうになる前に。
舌先で先端をチロッと舐めた。
「…っ…そのまま、咥えてくれ…」
「ん…」
唇を舌で濡らして、潤滑剤替わりにして。
滑らせるように飲み込んだ。
パルパルパル…
「!」
軽いエンジン音が、俺の右横を通り過ぎていく。
見られて、無いよな…?
「スクーターが通ったぞ、こっちを覗いていった」
「ん、う、ウソだろ…」
「見られたかも知れんな、俺のを咥えて奉仕するお前の姿を」
そういう、言い方、選ぶなよ…。
もう一度押し付けられて。
一度離した口元を、軽く開いて寄せた。

ふぉん

「ま、また…」
「まあ気にするな。見られたところで単なるフェラチオだ」
「言うな!!!!!」
髪を掴む手を、頭を振ってどけようとしても、離れなかった。
…素直に言えよ。
こういうの、したくなった、ってよ。
運転したまま、俺に口でされたい、って、言えばいいのによ。
そうすれば…
…やってやる、なんて、ひねくれモンの俺が言うわけねぇか。

ヒュウ、と口笛の音が聞こえたり。
クラクションの音とか、
必要以上に車の多い場所、選んで通ってたり、しねぇよな…?
見えないから、わからねぇ、けど…
見せたくてたまんねーお前の気持ちは、口の中から伝わってきてるぜ。
コノヤロー…

歯を立てて、そのまま滑らせて。
深く咥え込んで、苦しくなって手を添えた。
口ン中、ぬるぬるしてて…コレ、俺の?それとも、コイツの?

一時停止した車。
周りが見えなくて、鼓動が早くなる。
つい、動きが緩慢になって…。
「それじゃいつまで経ってもイかないぞ」
「…う。ん…っ」
「お、隣にトラックが止まった」
そ、それじゃあ丸見え…
「かどうかは知らん」
…こ、の…

手で根元を扱きながら、先端を咥えて、中で舌先を使う。
「必死だな?山崎」
「…っせー…、っん…」
運転に集中してるせいか、クリードのヤツ、なかなか、イかねぇ…
早く、出せよぉ…
俺だって、もう、限界…

ふいに、髪を強く掴まれた。
引き上げられて。
「擦れ、よ…」
言われるがまま…指だけで、クリードのソコに刺激を与えた。
…ちょ、
ちょ、っと。
まさか、
「か、掛けるつもりじゃ…」
「どう、だか…」
「や、やめろよ、顔射は…」
一度強く頭を引き上げられて。目を合わせたクリードが、ニヤリと笑った。
車が不意に止まって。

「…や、…」

片目を閉じた俺に。
クリードがイった。
手を添えて、零さないようにして、なるべく口の中へ…

「んー…」

口を閉じたまま、…口ン中は出されたモンを含んでるから…
そのまま、体を起こすと。
不意に目の前に飛んできた手のひらに、口元を押さえられて。
そんなコト、しなくたって、飲むってんだよ…












ベントレーのサスペンションが大丈夫か、と思うくらい、
俺たちはなぜかそのままカーセックスってヤツ。
クリードのヤツもなかなかの食わせ物で、
車を止めたのは、廃墟ビルの地下の駐車場、閉鎖されてるのに、勝手に入っちまって、しらねぇぞ…
電気ひとつない、真っ暗闇。
車のヘッドライトの反射の中、俺はセイバーの上で緊張した猫みたいに跳ね上がった。










助手席で仰向けになった俺は、天井に勝手に星座を作りながら、考えた。
気に入ったもの。
手に入れる。
「…わかんねー」
いくら考えても、それがどういう事なのか分からなかった。
何で、気に入るわけ?
どうしたら気に入るわけ?欲しくなるくらいよ。
運転席で葉巻フカシてるセイバーの額をベチンと叩いて。
「なにをするか」
「この車、どこが気に入ったんだよ」
それが分かればもしかしたら、俺にも理解できるかも。
「そうだな…


    思い通りになりそうでならないトコロだな」



そのまま額に張り付いたままの俺の手を掴んで。


「そういうものが俺は好きらしい」

だとよ。


やっぱ、わかんねー。
とにかく、俺がどうもこいつのツボをついてる生き物らしいってコトは理解できた。
クリードみたいに、俺も気に入ったもん欲しいなぁ、って。
そう思う。
憧れたり、欲しくなったり…そんなもの
…そんなヤツ


うわ!いるじゃん、ここに、馬鹿デカイのが。



「どうした?まだ足りないか?」



…やっぱ。いらねーよオメーなんか。
手に、入ると飽きる性質なんだ、俺はよ。
笑って、もう一度額を叩いた。
まんざらでもねぇ。

まんざらでも、ねーよ。