扉を開けると、日本のタバコ特有の酸っぱい匂いが外まで吹き出てきた。 顔をしかめながら、とにかく中へ入る。 豪にいれば豪に従えとか言うが、味や匂いまで従うのは抵抗があるもんだ。 まぁ、従わなくても、慣れることくらいは出来るかも知れんな。 扉が開いたのに気づいたのか、バーのマスターが俺をチラリと見て、会釈する。 日本人は、頭を下げるのが好きだな、などと一人納得しながら。 「そんでどうしたんだよ、あの女別れちまったか?」 「いやいや、なんと言いますか…女ってのは面倒ですね」 「だよな。適当にあしらって上手い具合に使えばいいんだよ上手い具合に」 「それがなかなか難しいんですよ」 俺が入って来たのも構わずに、マスターと客が話を進めている。 見渡すと、客と呼べる人間はちらりほらり。 こんな寂れた…と言ったら失礼か、いや寂れてるだろうココは。 とにかく俺が長居するべき場所じゃねぇぞ。 マスターらしき男が、俺のほうをチラリチラリと見ている。 そうだな、とにかく用を済ませるか。 辺りを見渡して。 見まわす必要もなかったか… ひときわ目立つ声のデカイ男。 今現在マスターと下世話な女の話をしている男。 「探したぜ、おい」 「ああ?」 口に含んだ酒を飲み下して、俺のほうを面倒くさそうに見る。 「こんなところに居たとはな…」 「……」 怪訝そうに俺を覗きこむ目つき。 あー、変わってねぇな、この男。 周りの客は俺の天井に届きそうな身長とただならぬ雰囲気、 …自分で言うのもなんだがな。ソレに圧倒されて引き気味だってのに。 見下ろしている俺をしたから見下して、既に喧嘩腰。 「おっと、ココで暴れる気はねェぜ。」 「…さっきからよく喋るヤツだな、誰だテメェ」 「……おい…まさか忘れたとでも…」 「アホ」 ムカ。 殴ってやろうかと思ったが、相手の男… 山崎自身のその気がなさそうなのを見て諦める。 「…相変わらずだな」 「どっちだ」 「何がだ?」 「日本には、どっちの名前で来てんだって聞いてんだよ」 「クリード」 「…クリード?…ってことはロクな用じゃねェだろ!近寄るな、面倒は御免だぜ」 「まあそう言うな、仲介くらい出来るだろう」 ほんっとうに面倒くさそうな顔をして。 俺が近寄った場所から、椅子を二つばかり向こうへずらす。 「何故遠ざかる」 「うっせーな、酒が不味くなる…あー…最悪…なんで日本でお前に会わなきゃなんねぇの」 …口の減らない男だ… 俺がもう一度近寄ると、また向こうへずれる。 おいおい、追いかけっこしに来たんじゃないんだぞ。 グイ、と肩を掴むと、持っていたグラスで頭を押しやられた。 …冷たい。 「…何しやがる…おい、殺すぞ」 「ちょ、ちょっとお客さん、喧嘩は…」 引き気味のマスターの遠い声。 怖いなら、話し掛けるな。 っていうか、ちょっと待て、逃げるな。 「おい、山崎!」 「うるせえな!男に名前呼ばれても嬉しくねぇ」 「グラスを除けろ。」 「…俺はお前の顔が見たくない。」 「昔の仕事仲間に随分な仕打ちだなオイ。」 「……おい、言うな」 「随分と横流ししてやったツモリなんだがな?」 ゴン。 グラスが一度引いて、底の角で殴られた。 やる気かテメェ… そう思った時には、山崎の胸倉を掴んでいた。 俺は手が早い。よくわかってる。でも止められないのは、 頭に来ると先に身体が動いて、そのあとで考える癖があるからだ。 …動物的だ? …それはイイ意味で言ってるんだろうな。おい。 「ま、待て。その話はマズイ。いってーな、離せ」 手を払われて、もう一度掴もうかと構えた手にグラスを握らされた。 「なんだこりゃ」 「やるから飲んで待ってろ…おい、VIP開いてるか」 「あ、はい、開いていますよ…って、山崎さぁん、喧嘩して部屋を壊したりは…」 「しねぇしねぇ。……あー、多分。」 「絶対しないでくださいよ!?」 山崎がカウンターに身を乗り出して、マスターとそんな会話をしている。 ふー、やっと本題に乗り出せそうだな。 カウンターの止まり木から降りた山崎が、またもや面倒くさそうに俺を手招きする。 うなずいて着いて行こうとして。手に持ったままのグラスに気づく。 なんで俺はこんなもの大人しく持って待ってたんだ! ガン。 VIPと言うのは、奥にある離れた小部屋のことだった。 ちょっとした厚い壁で仕切られている。 なるほど、このバーもそれなりにアブナイ商売も手がけているというワケか。 などとひとりごちて。 「話ってのはなんだ?金にならねぇことは…」 「金にはなるはずだ。俺がそれなりに積んでやる」 「…ほー、それなら話は別だ、なんだよ、何か入り用か?」 「武器商人を紹介しろ。ただで」 「金にならねぇじゃねぇか」 「と言うのは冗談だ。200万、紹介料、どうだ?」 山崎が座ったソファの横に腰掛けて。 「なんで俺の隣に座るんだ、気持ち悪いヤツだな」 向かいにソファがないんだからしょうがねぇだろ。 「どうだ、と聞いているんだ」 「…500」 「ああ?!吹っ掛け過ぎだ!」 「…600?」 「増やすな。250」 「…400」 「…300までだ」 「350」 「……信用出来るんだろうな?」 「できなかったら俺が無事じゃねぇだろが。」 「…350か?…ち…足元見やがって」 山崎がニヤリと笑った。 商談成立ってトコか。 「武器しかねぇのか?」 煙草を咥えた山崎が俺を見ずにそう言う。 …その匂い、苦手なんだがな… おっと、思った時点で手が動いてしまった。 「おい、返せ」 山崎のタバコが俺の手の中でくにゃりと曲がる。 「…ケンカ売ってんのか?」 …その目。イイねぇ… ココの所、そんな目、見る機会なんかなかったぜ。 「おい、聞いてるのか」 「純度の高いイイのがある。個人的になら売ってもいい」 「…売るのかよ。」 「高いぜ?」 「…んじゃいらねぇよ。別に俺はヤク漬けでもなんでもねぇからな」 おっと、そう来ると思った。 「金も貰えて、美味しい思いも出来たら?」 「…なんだそりゃぁ」 「一回付き合えばタダでやってもいい」 「…何を一回付き合うんだよ。オメーな、考えてること動物並だろ」 「人間は動物だ。」 ぐい、 腕を引っ張って。 バランスを崩したところを、逆に押し返してソファに押し倒した。 「っこの、猿以下じゃねぇか!離せ!」 「イイじゃねぇか減るもんじゃねぇ。…それとも、怖いのか」 「そう言う言葉で引っ掻けようったって無駄だぜ。降りな」 「どけてみろ?出来るならな」 「テメェ…この…」 山崎の強い力が、俺の胸を押し上げる。 その間に… お留守になった足首に手をかけて持ち上げる。 「…離せ…離せって。」 「イイだろ、一度くれぇ」 何度か無理に置きあがろうとするのを、足を引くことで押さえる。 「っの…起き上がれねえじゃねぇか!」 一度、組み敷いてみたかったんだ。 アメリカにいる時も、そうだった。 「つまらねぇんだよ。だから相手しろ」 「ああ?」 「誰抱いても面白くもなんともネェ。お前がなんとかしろ山崎。」 「勝手なこと言ってんじゃ…」 「一度でいいんだ一度で」 「…500」 「…あ、足元を見過ぎだ」 「500、と、それと粉1K、だ。それじゃなければ紹介しねぇ。」 「イイと言ったら付き合うか?」 「…一度だろ。」 山崎が、身体から力を抜くのが感じられた。 高い買い物を、しちまったな。ちっ…。 それでも俺の気分が良かった理由は、…考えないでおこう。 「んじゃ遠慮なく」 「多少遠慮しろ」 くだらない戯言は唇で塞いで。 さあ、楽しもうじゃないか。 合わせた唇に、あの煙草の匂いと味を感じた。 中に引かれた舌を吸い出して、からめとる。 「…ん…」 こいつ、分かってんのかな… あっさりと大人しくなった山崎に、妙な疑問が走るが… 舌を絡めながら、腿に這わせた指をそのままベルトに掛け、引きぬく。 「…っつ、痛ってーな!何すん…」 「縛ってるんだ」 「な、何ぃぃッ!?」 「あんまり騒ぐと人が来るぞ」 「…………テメーあとで覚えてろよ…」 うつ伏せに押し付けて、後ろ手に縛り上げ、 おもむろにズボンの中に手を入れた。 「…っは…」 「反応が早いな」 「…知るか…っ、っく…」 俺の指先にからむ液体に、思わず笑みが漏れる。 それを後ろに滑らせて… 「…、…ッ!!ど、どこ触って…」 ゆっくりと指をさし入れると、組み敷いた身体が震えた。 なんだ、経験があるんじゃないか。 …そうか。 なら、 しらねぇからな。 「…う、クリード…?な、何をして…」 「動物は動物らしく、したほうがイイだろ?」 「ちょ、ちょっと…後ろからってのは…!」 慌てて身体を捻ろうとするのを肩を押さえて制した。 「おいおい、お前まで俺につまらない思いさせるんじゃねぇだろうな?」 「俺はお前を楽しませるツモリはねぇ!」 「俺もお前を楽しませるツモリはねぇよ」 死にな。 「…ッ、く、う、う、ぐぅ…ッ!!!」 裂ける音が聞こえてきそうだ。 苦しいだろう? 悲鳴を上げるか? それとも、許しを乞うか? …ああ、つまらねぇ。 「まだ入りきってねぇのに苦しそうだな?」 「…ど、どぉってことねぇ…ん、う…」 「んじゃ勝手にさせてもらうぜ。」 「……!!!!!」 容赦なく、叩きつける様に。 ソファに押し付けた顔を強く振るのが見えて、 髪が乱れているのが見えて、 苦しそうな声が聞こえて。 …また、同じかよ。 「っは、ッく…」 同じなんだろ? … 「う、苦し…っ…ふぅ、っ」 「黙りな。」 「ん、だと…う、うあ…!!!」 汗ばむその身体を持ち上げて、中に入れたまま一回転させる。 「山崎?どうしたよ?」 「…余裕…見せてんじゃねぇよ…っ」 お前こそ余裕見せてんじゃねぇ。 あざける様に笑みを見せた山崎に、不意に怒りが湧いた。 コイツも、誰もかも、道具か。 いれて動きゃ、なんでも同じ。 そうかよ。 なら、深く咥えて死に悶えちまえ。 「…っぅ、ん、っく」 大丈夫か? 声が出掛けて、止まる。 別にどうだってイイ、そんなこと。 「ぐ…ッ…」 苦しいか? ああ、嗜虐心が煽られる。 「っは、う…痛…ぁ」 膝を抱えて持ち上げて、もっと俺が気持良くなれるように。 … ……痛くはないか、苦しくはないか? …考えないで、ただ犯そう。 「…セイバー…っ」 「っ…その名前で呼ぶな」 「…い、イけそう…、か?」 …なんでそんなことを聞くんだろう。 「…まだだ」 「…っく、まだかよぉ…く、そ…あ、あッ…」 なぁ、なんでそんなことを聞くんだ? …苦しそうだな… 「…山崎」 「…ん……な、なん…」 「…苦しい、のか?」 なぁ、俺はなんでこんなこと聞くんだ? 「…っ、コレくれェ…蚊とヤってる程度だぜ」 「…蚊?!言いやがったな!」 「イイから、もっと吹っ飛べよ」 そう言った山崎の足が、俺の腰に絡みつく。 強く締められて、痛みに動きを止めた。 「どうした?それとも、もうイッちゃいそうで動けねぇとか」 「んの…後悔するなよ」 「しねぇよ。テメェの相手するんだ、覚悟くらいしてらぁ。」 「…」 「どうした?」 「…そうかよ。」 「だからそうだ、ってんだろうが」 そうかよ。 … んじゃ、痛みも苦しみも、予想済み、ってのか? 「言うじゃねぇか」 「まぁな」 そう言って、山崎が眉をしかめながら笑う。 茶花されてるみたいで、照れた。 「俺がミュータントだってのは知ってるよな。」 「…ああ。ッ、う、動くな」 「お、悪い。で、だから人間よりアレだってのは予想してたのか?」 「あ、アレ?…っく…」 山崎の様子を見ながら、 ゆっくりと動き始める。 「苦しいだろう?」 「…ん、う、ま、まぁお前デケェし…」 …おいおいおいおい… 「痛みもあるだろうが。」 「…そんなもん無我夢中になっちまえば関係ねぇだろうが。 だからさっさとやれって言ってんだよ、今俺は、…イテェんだよ仰せの通り!」 無我夢中? それなら、お前も楽しめるってのか? それなら、面白そうだ。 …面白そうじゃねぇか、無我夢中ってヤツ。 「…っ、なにすんだよ…ッぁ!」 仰向けで奥まで差し込んだまま、 山崎の中心部に手をかける。 「はは、思ったよりイイ声出すじゃねぇか」 「出してねぇ!…っは、そ、そんな、手、ありか、よぉ…」 掴みあげて、愛撫する。 お前が欲望吐き出すところが見てェな。 誰かが俺で良くなるところが、見てぇよ。 …そんな物、見る気もしなかったのに。 なんなんだよ、お前ってヤツは。 俺に比べりゃまだまだガキのクセに。 指で締め上げて、擦りあげると咽喉元が無防備に上がる。 首筋に。 牙を立てた。 「ッつ、あ、あぅッ!!」 「イイぜ、お前…」 「な、なん、なんか様子がさっきと…」 「ウルセェ。黙って鳴きな」 そう言っておいて、唇に深いキス。 くぐもった声が、俺の咽喉までもを震わせる。 そのまま指の動きを激しくしてやると、汗で体温の低下した肌が熱くなり始める。 ああ、これだ。 コレも無我夢中だろ? 俺もお前も。 ビクン、と山崎の身体が硬くのけぞって。 指の間から上がる飛沫に肌を濡らす。 「…はぁ、は…っ、ッく…あ、あっ」 唇から首筋に舌を這わせて。 そのまま、胸の突起に舌をかけて舐めあげた。 「っ、ふぅ…!…お、俺だけイッてもしょうがねぇだ、ろォッ」 「俺はコレから楽しむ」 「早く、しろよぉ…っ…いつまで焦らす気だ…」 「焦れてたのか?」 「……」 む、とした顔で、でも上気したままの顔で、山崎の無言の抵抗。 「…今なら、痛くねぇから、気ィ使うな」 腰に絡めた自分の足を、グイと締め付けて。 「…後悔するぜ」 「聞き飽きた」 「イイ度胸だ」 荒い息が、再開された俺の動きに引きつるのを聞いて、 脳髄が熱い火で焦がされるような、そんな感覚に意識をゆだねる。 唇を噛む山崎の唇に、もう一度、重ねて、そのまま、昇り詰めるまで… … ちょっとだけ冷静だったんだ。 だってよぉ、声、聞こえすぎたら、マズイだろ? こいつ、多分あの時の声も…デカイし。 …あと、俺も。 「死ぬ…」 「だらしがねぇな、それでも男か?」 「長ぇんだよお前はッ!」 へタってテーブルに突っ伏したままの山崎が泣き言を言う。 「長いか?」 「長い」 「何が?」 「アレも時間も…って、何言わせんだこのジジィ!」 ゴン。 勢い良く起きあがった山崎の振りが、後頭部に直撃。 そのまま、仰向けにソファにへたり込む。 「動けるか?」 「無理だ無理無理。このまま俺は寝る」 「今俺の頭殴ったよな貴様は。」 「殴ったぜ。」 「正当防衛はこの国にもあるよな?」 「…なんだよ」 「俺はもう一度出来るぜ?」 「……」 「ん?」 「…………悪かったよ」 小声で言うから、聞こえないフリをして布越しの下半身に指を這わせる。 「わ、わ、悪かった、悪かった!俺が!」 「チ、言わなければ本気でやってた所だったのに」 「…あのなぁ…あんな激しいの、週イチで充分…」 「ほー、なら今度の金曜に」 「ぐ、いや、そうだな、2週イチで、あー、月イチで充分!」 ヘロヘロと手を振る山崎に、思わず苦笑が漏れた。 コレは月イチでイイからもう一度しよう、って誘われてるようにも聞こえるよな。 「んじゃ来月の同じ日に、ってか?」 冗談と本気と入り混じった気分で、でも冗談っぽくそう言うと。 「…幾ら出す?」 「オイオイ、また金かよ。」 呆れて、溜め息が出る。 「だってオメーと俺の接点って金くらいしかねぇだろ?」 … 接点…って 「十ドル」 「はぁ?!その辺の淫売と同じかよ!」 「に、酒と最高級の料理とイイ部屋をつけたら?」 「…」 「いいアルコールがあるんだがなぁ」 「………」 に、と山崎が笑って。 もう一度この感覚が味わえることに俺は満足した。 予定がないってのは、つらいもんだろ? いつめぐり合えるかわからない、あの感覚と気持ち、それと強い刺激と、 あと、 無我夢中。 人生の中に一つくらい、予定があっても、イイもんだな、 なんて、初めてそんなことを思った、ある日本の夜の日。 尾を引くクスリは高い買い物。 でも満足できりゃ、癖になるのは当然だろ? |