大理石の床に、強く後頭部を打ち付けられた。
一瞬気が遠くなる。
この男、なにもんだ。俺の攻撃を受けとめて逆に投げ返すなんて!
起きあがろうとした俺の目に、奴の手のひらがうつる。
顔を掴まれ、もう1度頭を床に強打される。
「…ぐ…っ」
こんなわけがねぇ、俺が負けるわけがねぇ。
俺を覗きこむ顔に、ヘビ使いを打つ。
軽くそらした首に簡単にそれをハズされ、逆に腕を掴まれた。
「まだまだ甘いな」
ギースの野郎の含み笑い。
頭を打ち付けられたショックで、前がよく見えない。
肩を掴む強い力に気づいたときはすでにもう、
俺はうつぶせに床に押しつけられていた。
「このギースに逆らおうなどと考えるには…まだ早いのではないか?」
肩甲骨にずしりとした重み。
左腕を掴み上げられたまま、肩を踏みつけられる。
…。コイツ…!
「ギ、ギーステメェなにを…っ…!ギャアアアッ!」
ガキン。
鈍い音と共に、耐えきれずに俺の口から叫び声が漏れる。
外された腕が力なく落ちる。
肩の激痛に意識が飛びそうになる。
ちらりと俺の目を見てギースが笑う。
その顔を睨み付ける。
踏みつけられた足の下で体を持ち上げようともがくが、
抜けた肩口を押さえられて、その痛みに喘ぐことしかできない。


ギースの野郎を潰してやれば俺はのし上がれる。
そううすうす気づいていた俺は、いつもどおり無茶をやった。
一人でギースタワーに乗り込む。
たいしたことない野郎だ。ビビってちゃなにも出来ねぇ。
俺はいつもこの腕一本で渡ってきた。
それを証明するために。
それを、証明したいが為に。俺はコイツに殴りかかった、ハズ。
スーツを着込んだそいつに、1発目をそらされて、
そのときに俺はなにか感じていたはずだったんだ。
だけど、認めちゃいけなかった。
認めていれば、俺はもう少し利口な生き方が出来たのかもしれない。
しかし今あるこれは現実だ…
「の…ヤロォ…」
「威勢がイイな。日本人は諦めが悪い。だから面白い」
ワケのわからないことを呟いて、空いた片腕で俺の首筋を掴む。
指が頚動脈に食い込んで、頭が熱くなる。
声も出ない。
甘く…見すぎていた…?
「自分を知るがいい…」
ぶっ飛びかけた俺の目にかすかにうつったのは、黒い革靴だった。

ちくりとした小さな痛みに、不意に意識が戻る。
ギースに踏みつけられた俺の横にかがみこんだ男。
その男の手の先から、抜けた腕の中腹に小さな痛みが走る。
この、痛みは…
「な…何しやがるッテメェコラぁッ!!」
「自分を知れと言ったろう。少々素直になってもらうだけだ」
血管に異物が進入する、無理に押しこまれるような感覚。
流れる血液が、俺の頭に、身体にその異物を巡らせる。
身体の力が心地よく抜け、意識がかすかに浮き立つ。
「L…SD…か…クソ…」
「使ったことがあるだろう、お前のような奴なら。
 この量なら意識はあるだろう?」
「死に腐れ…っ」
ギースが俺の上から離れた。
力を入れると、かすかに動ける。
のろのろと体を起こして頭を振ると、その動きだけで脳がクラクラした。
醜態だ。
ギースが動くのを眼の端で捕らえる。
革靴の足音。
苦し紛れに、隠し持ったドスを抜く。
俺に近づいてきたら、切りつけてやる。
一瞬一瞬意識が途切れそうになる。
それを無理に呼び起こしながら、ギースと革靴を睨み付ける。
革靴の男は、リッパーと名を呼ばれた。
俺の抜いたドスに、構えの姿勢を取る。
それをギースが制するのが見えて。
その瞬間、俺の目の前にギースがいて。
腹に鈍痛を感じて、
それが奴の蹴りが入ったからだと気づくまでに数秒かかった。
詰まる息に、簡単に意識が消える。
肩を掴まれて仰向けに引き倒される。
「動きが鈍いぞ」
「っせェ…!っ!!」
俺の手から奪われたドスが俺の目の前を横切った。
「!!?!」
抜けた腕の手のひらが熱くなる。意思とは裏腹に身体が跳ねる。
横目で確認したその先には…
「自業自得と言うものだ」
俺の手のひらと、床が。ドスで貫かれる。
力が入らないから抜きようがない。
痛みだけが身体中を伝う。
不意に首筋に歯を立てられて、感覚がそこに集中する。
「が…はっ!」
強く噛まれて息が止まりかける。
開放された痛みの底で声を聞く。耳元に。低い声。
「自分を思い知るがいい」

抜けた腕の先から、刃物の激痛やらなにやらが駆け巡る。
引き剥がされた服の合間をギースの指が伝う。
意識が飛ばないように、ぎりぎりで繋ぎとめていることで精一杯だった。
胸から脇腹、下腹部へ伝った指が、俺の其処を握りこむ。
意図は、すでに察している。
「……っや…やめろぉぉぉっ!」
声が引きつっていた。そんな声しか出ない。
俺が声を上げるたびに、ギースの含み笑いが聞こえる。
リッパーとか言う男が、俺のことを無表情にじっと見ている。
ソレから、目をそらす。
殺してやる。こんな奴殺してやる。
「慣らしてはいないが、拷問の代わりだと思え」
声と共に、無理に開かれた足の間にギースが割り込んできた。
後ろを貫く激痛に身体が跳ねる。
その奥に、妙な感覚。
制御、しきれなくなってる。
ダメだ、ダメだ。何度も自分に言い聞かせた。
「ほぅ…」
知らぬ間に上がっていた俺の顎を掴んで、ギースが笑った。
口付けられそうなほど近くで。
低く囁かれる。
「始めてではない、な?」
「っぁあ!死ねやコラぁっッ!!」
右手を振り上げた精神力は羞恥からか、怒りからか、どっちだったのか。
ギースのこめかみを狙って振り下ろす。直前で掴みあげられた腕に絶望する。
「イイ反応だ。もっと己を知れ」
掴まれた腕を床に押し付けられ、そのまま身体を丸め込まれる。
体勢からより深く進入するソレに、一瞬の感覚が何層も走った。
「…っあ…ぐ…」
ギースの顔が俺の頬の横にある。
俺の喘ぎは無論その耳にとどいている。
動かれるたびに、腰の奥にじりじりとした感覚が走る。
腕の痛みと、認めたくない沸き上がる快感と。
強く突き上げられた瞬間に、意識がぶっ飛んだ。
舌を出して喘ぐ。犬のように。
目の前にあるものが見えなくなる。
引き上がる息に、予想もつかない声が混じる。
「…竜二」
「!!」
意識が引き戻され、押し流される。
「呼ぶな…っ、名前は…」
「名を呼ぶと身体がイイ反応をするな?何故だ?」
「呼ぶな…呼んだら…殺す…っ」
耳朶を噛まれ、舌でなぞりあげられる。
動かれて脊髄に築き上げられる快感の束と、耳の輪郭をなぞる舌の柔らかさ。
右手を押さえるギースの指が離れて、俺の其処を握りあげた。
「ッ!……はぁ…ッ!」
左腕が痛い。
左手の下に溜まった血が、生ぬるくて気持ちが悪い。筈なのに。
名前を、もう1度囁かれる。
ダメだ、名前は呼ぶな。名前だけは…後生だ…
内壁が痙攣して、より深くソレを迎え入れようとする。
身体が言うことを聞かない。
喘ぐ唇を舐められ、舐られても歯も立てられない。
「竜二…?」
「っ…やめ…呼ぶ、なァッ…っぅあ…」
「締めつけてくるぞ?そんなにイイか…?」
脳みそが沸騰する。ギースの抜き差しに身体が喘ぐのをやめない。
かき乱されて。いつもの俺が戻ってこない。
無防備に快感に引き上がる喉元をさらす。
時々止まる動きに、かすかに戻る意識。
戻りかけた途端に激しい動きに押し流される。
それの連続。身体が弄ばれる。何度も、何度も。もう、止まれない…
もう、認識できない。…俺は…誰に…抱かれてる?
低い声で、もう1度囁かれ……俺の意識は完全にぶっ飛んだ。



左手にかかる布の感触に、意識が泥沼から這い出るように戻ってくる。
左手に巻きつけられていく、白い布。
「……何を…してる」
焦燥感と壊されきった自分を掘り起こしながら。
それを一部始終見ていたはずの男が俺を見る。
「骨には支障がないようですので、ご安心下さい」
リッパーと呼ばれた男が、俺にそう言った。
なにも知らないような顔で。
サングラスの奥の目は、俺を見ているのか、そらされているのか。
包帯を巻くために少し動かされた腕の奥に激痛が走る。
「…っ…」
「骨は入れておきましたが、筋を痛めてます。
 何日かマトモに動かせないでしょう」
事務的に、そう言ってのける。
俺はそれに返事も出来なかった。
クスリを使われたとは言え。俺は男の下で乱れた。それは確実だ。
こいつはそれを見ていた。
消さ…なくては…
「反町さんというのは、大事な方ですか」
「……!!!」
リッパーの顔が下を向いた。
俺の目からそれをそらすように。
息が詰まる。なにも声が出ない。
なんで、何でその名前を、なんで俺は、なんで俺はこんなに苦しくなってる?
どうして…なんでコイツは、それを…
「何度かその名前を口にされていました」
俯いたまま、そいつがそう言った。
殺してやろうと思ったのに、俺の身体には力が入らない。
どんな間抜けな顔をしているだろう、俺は。
俺はギースに抱かれながら、その名前を口走った。
あんな奴に蹂躙されながら。
最悪だ。最悪だ。最悪だ。最悪…だ…!
包帯を巻き終わると、リッパーは俺からつと離れた。
周囲を見渡すと、ギースはいない。
俺は用済みだって言うのか!

「この程度でお潰れにならないで下さいね」

リッパーが、立ち上がってかすかに俺に笑いを向けた。

潰れるか。
この程度で俺が。
潰れるものか。
潰してやる。俺がお前たちを潰してやる。
「殺してやるから待っていろ…絶対に簡単には殺しゃしねぇ…っ」
引っ付いた喉でやっとそれだけ言葉を吐く。
リッパーが悲しそうに笑った。俺には、そんな顔関係ねぇ。
関係…ない。


俺はギースタワーを見上げていた。
いつか来た、いつか壊された俺を見た「目」を潰しに。
久々に笑えない。
笑えねぇよなこの状況はよぉ。
ギースが潰れるのを待ってる奴がいる。
潰そうとする俺がいる。
ビリーとか言うガキが俺の前に立ちはだかる。
皆、俺に取っちゃ同じだ。
邪魔する奴は、潰す。俺の夢の。俺の大事なものの為に。
死んで詫び入れな。

死んであの世で兄貴に土下座しやがれ。


それがおまえらの行く先だ。

FIN