「オマエ汗臭いぞ、風呂入ってんのか?」
日本の茶の入れ方を教わっていて、不意に気づいた。
近くに来ていた闇慈の体、ちょっと人間くさい感じの匂いがする。
闇慈はその手に持っていた急須を畳の上にトスンと置いて、
自分の着物の端をちょいと指でつまみあげて匂いなんぞ嗅いでる。
「クサイ?マジで?」
「…くさいっつうか、なんか人間クサイっつぅか」
「最近そういやぁ風呂入ってねぇなぁ…」
おいおい!本当かよ!
置いた急須を持ち上げなおして、残りのお湯を全部湯飲みに注ぐ手つきは慣れた物。
こぽこぽ、と音を立てる急須、コレが日本の侘(わび)寂(さび)とか言うやつなんだろ?
うん、と闇慈は首をかしげて。
急須を何度か振って中の水滴を全部湯飲みに落としつつ、目線を上に上げる。
「風呂っつーか、家ねぇもン、俺」

アア、そうか。
風呂というのは、家に付属するものであってその家がなけりゃ風呂から離れるのは当然か。
「いい加減一所(ひとところ)に落着いたらどうなんだ」
「いやいやいや、はははは」
はははは、じゃねえっつーの。

湯飲みに注いだお茶はそのまんまでいいから。
とにかく、ウチの風呂使えよ。
「お、悪いねぇ、お借りできますかいな」
闇慈が漆黒の瞳を細めて、そう言って笑った。

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まさか、チップの家で風呂借りることになるとは思ってなかったなァ。
そうか、借りりゃ良かったのか。
なんて、いまさら気づいて。
まあ入って無いって言ったって、一週間程度、平気かなァなんても思ってたんだけど
やっぱ、人間クサイとか言うチップの言葉は気になるしな。
趣味が高じてってヤツなんだろうけど、
和風チックに作られたチップの家、たぶん借り物なんだろうけど、その風呂を使わせて貰うことにした。
案内されて覗いた風呂、結構広い、いいねぇ、こういうの。
足くらい伸ばせそうじゃないの。
「いいのか?結構いい風呂じゃァねェのよ」
「師匠が風呂は重要だって言っていたからな」
ふん、とふんぞり返ってチップが言うが、
ふんぞり返る事の由はねぇよなぁなんて思いつつ、
言ったら即ギレだろうから言わないで措く。

どんなに風趣のある風呂場であろうと、
水や湯を注ぐのは地下水路を流れる水道管から蛇口、その経緯。
まあこんな場所で温泉だなんて悠長なことも言ってられないよな、贅沢すぎる我侭だ。
「オンセン?」
え?
し、知らないとか?
いや、チップならありえない話でも…
「湯治場とか石庭とかな」
「とじばせきて?」
「…くっ…にゃっははははは!」
「ばッ、馬鹿にすんなー!」
ははははは。
いやいや、温泉知らないんなら、本物見るのが一番だからよ
今度連れて行ってやンよ。
…日本の土地が残っていればなァ、いまだどこかに湧いていただろうに。
こっち…いわば俺たちジャパニーズにとっちゃ海外、の温泉ってのは〜

梅喧にでも聞けば多分分かるだろ。

「そ、そうか、うん、そうだな」

チップが何かワクワクした様な、それでいて知らないことをごまかす様な
そんなよく分からない手つきでふにゃふにゃと胸の前を散らかしてる。

蛇口から出る水がお湯に変わったのを確認して、湯船に落とした。
下で渦を巻いて水がくるくると回ってる。
あー、こういうのに桜でも浮いてると綺麗なんだよなァ。
なんか無いかな、何か浮かべてみてぇな。

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茶という物は冷めると共に色と香りが飛んじまうから、とかそんな理由で
闇慈は俺を元の茶の間に引っ張ってきた。
襖を開けると、茶の間の畳の上に急須と湯飲みがポチンと落ちていて
湯飲みからはゆっくりと湯気が立ち上っていた。
そんな空間を気にもせずに闇慈が畳を踏む。
あ、空気が乱れる
と、そう思った瞬間、闇慈の身体は空間に溶け込んでいて、湯飲みはその手にふわりと持ち上げられてた。

俺は、あんな風にこの空間に溶け込めるんだろうか。

もしかしたら、俺は無謀なことをしてるのかもしれない、全部において、人生も忍者も夢も希望もすべて

闇慈の差し出した茶を立ったまま啜ると、緑の匂いがした。
ふ、と何かを思い出しかけて、それが途切れる。
「面白いだろ。茶ってのはちゃんと入れると味が違うんだぜ」
「…本当だ」
「美味い?」
「ああ」
「やーりぃ俺もまだまだ衰えてねぇやな、しかしお前も茶の味が分かるたぁイイねェ、語るに落ちてねぇ」
「?」

俺の疑問符を投じた顔に、闇慈が単なる笑顔で答えて。
どうやら、褒められたことに違いはなさそうだ。
から。
無謀ということでもなさそうだな、なんて、気分が変わっちまって、
不安をかき消す和の匂い、もっと溶け込んで凛としていたい、なんて…

コン。

「ん?」

コキン、

「何やってんだアンジ」
「茶を、ちょっとね」

急須に手を突っ込んで茶の葉っぱをかき混ぜて。
「おお、いい茶使ってんねぇ」
…分からないから、一番高いやつを買ってきただけなんだが、いい物だったらしいから良しとしよう。


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しっかし、チップのヤツどこで手に入れたんだか、スゲェなあ。
緑茶の茶ッ葉が最高級並だったよ。
口に残る茶の香りをムグムグと嗅ぎながら、脱衣所で袖を外す。
チップは俺を風呂場において、また茶の間に戻って行っちまった。
「ゆっくり使え」
ってさ。
ンじゃお言葉に甘えさせてもらうとするかね。
袴は帯を解いて外して、すとんと落としてちょいとたたんで籠に掛けた。
着物ってのは結構厚着なんだなっていつも脱いだり期待するときに思うよな。
だってよ、袴の下に紬(つむぎ)だろ、紬の下は長襦袢(ながじゅばん)、その下に裾よけ(すそよけ)
俺は上は着てねェから、ちょっと変わった構造にゃァなってるけどな。ははは。
上まで着てりゃ、長襦袢の下に肌襦袢も着るわけだ。

頭痛くなってくるだろうな、俺はずっとだから慣れちまってるけど。

ひょいひょいと、布を外しきって。

ぶるっ。

「寒っみぃ」

髪止めにしてる布を外しながら、カラリと戸を開けて。
足元に長いその布を落として、そのまま風呂場の板敷きにつま先をかける。
ちょっとぬるめかな、と思うその湯をかぶってみたら肌には熱く感じられて、
アア、冷えてたんだなぁなんて。
辺りを見回すと、湯気の向こうにボディーシャンプーやら
石鹸の塊がさらに塊になったようなのやらがまとめて置いてあって、
なんとなくチップの生活臭ってやつ感じて、笑っちまった。
めがね?外してないよ。
コレ、曇らないような素材で作ってあるかんね。
そもそも外したら見えねぇってぇ話よ。

握った指先ちょいと湯船に漬け込んで。
離した手のひらから舞い落ちる茶の葉。

イイ茶ってェのは、開かせると一枚のきちんとした葉になる。

もくもくとした泡をタオルにかぶせて体を洗いながら、ちょいと手桶で湯船をかき回すと
2枚の葉がくるくると回って、ハハ、おもしれぇ。

顔を洗おうかとちょいとメガネを外した。

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闇慈のヤツは今風呂で、俺は目の前の急須を覗いてる。
この中をいじっていたが、何か入っているのか?
わからねぇ。俺にはまだまだ修行がたりねぇんだろうか。
日本ってのはどうも細かいところで感覚的に理解できないことをするからな。
…もしかしたら、俺がアメリカ人じゃなくて本物のジャパニーズだったとして、
アメリカ人の生活をのぞき見たら、同じことを思うのかもしれない。

この、中に何があるんだ?

うーん。

茶の入った網を持ち上げて、下から上から覗き見て。
下から覗いたらぽつんと茶のしずくが落ちてきて、鼻の頭を濡らした。
…馬鹿みてぇじゃねぇか!
ッたく、気にいらねーわかんねーいや、ここで諦めたら俺の負けだ。


闇慈に聞いてこよ


かこん。


ああ、風呂らしい音。
ジャパニーズは風呂の入り方までジャパニーズだな。今度実践しよう。
そんなことを考えつつ。風呂の入り口に立つ。
落ちていた布が足に絡んだから、拾い上げてちょいと脱衣所の脇の洗面所に引っ掛けた。
からり。
「アンジ」
「んー?」
もうもうとした湯気がかすかな風にあおられてふわりと舞い上がり、闇慈の姿を浮き上がらせる。
泡でもこもこ。
「…ぷ」
「いや、あんまり泡立ちがいいからついつい増やしちまって、ってェ、何だィ?」
「さっき、急須の中をかき回してたな」
「ウン、ッつーかさみいな、開けっ放しはよ」
じゃあしょうがねぇ、
と、からりと戸を閉めて、扉越しに話しかける。
「何をしていたんだ?」

「はぁ?」

今度は声が遠くて聞こえ無いらしい。
しょうがねぇ、
面倒だから、どうせ俺も使うし…

=====================================

あれ?
チップのヤツ、扉閉めて出て行っちまったよ。
質問の最中でやめるってのはおかしなヤツだな、気になんねぇのかね。
と思った瞬間、遠くから響くような声が聞こえて、
しかしなにを言っているのかわからねぇ、
…まるで山のこだまだ。
「はぁ?」

体を洗う手を休めて、一時返事を待ってはみたが、梨の礫。(なしのつぶて)
ったく、なんだよ。
気になるなー
「おーい?」
声をかけると、返事の代わりに扉が開いた。
「なんだなんだオメーその格好は、上から下までバブルじゃねぇか」
声に、見上げると、チップの姿。
「あん?」
裸ってェことは。
「面倒だから、俺も入る、ところでだ」
「急須がどうしたって?」
「何をしていたんだ、手を突っ込んで」
ああ。
あー、そりゃ、気になってもしょうがねぇな。
意味はなかったんだけどよ。
と、言いつつ、湯船に浮いた葉を指差した。
「??入れると何か効果があるのか?」
「…粋とか風流ってモンをしらねぇなァ」
「…馬鹿にしてるのか?」
「ンんにゃ?」
ばふ、と泡の頭を捕まれてワヤクチャにされて、ウワア、前が見えねえっての。
「ついでだ、背中でも流してやる」
「三助みてェな真似しなくっていいよ」
「サンスケ?」
「銭湯で背中洗ったりするのを商売にしてる人のコト」
「なるほど…」
言っとくが、今の時代にゃいないからな。と、心の中で思って。
多分今もいると思ってるんだろうから、面白いからそのまんまにしておこ。
外国人が日本に対して膨らませてるイメージがおかしいのって、日本人の説明が足りないせいじゃぁねぇのか、なんても思った。

互いの泡を流して。
湯船に浸かって同時にため息、で笑った。
「ジャパニーズは全員サムライかニンジャ、それ以外は女だと思ってたんだ」
「あっはははははは、そりゃでもそう見えるかも」
「アンジはなんだ?」
「は?」
「サムライでもニンジャでもない」
「…はぁ?」

俺は、俺、じゃ駄目なのかね。

パシャン、と上げた指に茶の葉が絡まって、おっと、ごめんよと湯の中に戻した。
指でくるくるとかき回すと、茶の葉が流れを同伴してくるくると踊る。
そうだなぁ。
俺はなんなんだろうなァ。
「別に何でもいいような気もすんだけど」
「…不安にはならないのか」
「え?」
「自分に居場所が無いのは不安じゃないのか」
「不安だから駆けずり回ってるのさ、はははは」

本心だったりして。な。

===========================

俺は闇慈に色々質問した。
知りたいことが沢山あったからだ。
でも闇慈は俺に質問しない。
なんでだろう。
「俺は昔薬のバイヤーをやっていたんだ」
「へぇそりゃまたご大層な商売だ、命掛けてんじゃねぇの」
と、それだけ。
一間あって。
「…じゃなんてニンジャってンの」
…質問されたよ。
「知りたいか?」
「んにゃ、別に好きでやってんだろうし」
「…話が終わっちまうじゃねぇか」
「そーだねぇ」
闇慈の舞の細い指が湯をかき回す。
それに伴って葉が舞う。
「なにやってんだ?」
くるくるくるくる。
回る葉をもう一枚の葉が追いかけて追い抜いてどっちがどっちを追いかけているのか
「ん?」
闇慈が顔を上げて俺を見止める。
小首を傾げて、アア、と一言。
「面白くてつい」

「…俺に興味が無いのか?」
「んん?」
指を止めて膝に戻して動かなくなった闇慈に問う。
俺ばっかり質問してて、俺はほったらかしって気がするだろう。
人のこと、探るのとかってジャパニーズは好きなんだろ?
「いやいや、興味がねぇわけじゃねぇ、しかし探るにゃおよばねぇ」
「どういう意味だ?」
「予想がつくってことさ。人の理由より事実、理由に首つっこみゃ面倒が起こる」
「…要するに自分のウラを知られたくねぇってことだな」

だろ?
闇慈の目線が湯船に落ちて。
緩やかにまだ弧を描いてる葉を目で負うのを見た。

「まあいいじゃん人のことは」
「よくねぇ」
「…いいだろ」
「よくねぇ。」
「…しつけぇな」
「隠してある物は見たくなるタイプなんだ」

ちょっとくらいさらけ出して見せてくれたら…、それが何かの糸口のような気がしていた。

だから。

「…なに、撫でてんだよっ!気持ち悪ィ!!!」
腕を撫でたのに反応して立ち上がりかけた闇慈を引いて止めた。
水が乱れて湯船の外に飛び跳ねる。
「俺のことは知ってるんだろ?」
「し、知ってるけど、だからなんだ、っての!離せよ気持ち悪い!」
「俺の名前は?」
「チップザナフだろ、おい、離せ」
「俺の職業と過去を述べよ」
「…現在忍者、前は薬のバイヤー」
そう、
ソコまでは俺は話したよな。
「ソコからなにを予想したんだか言えよ」
「…別に、バイヤーでこけてヤバクなって逃げるか何かして
 その途中で拾われたか助けられたか気が向いたかして忍者やってんだろ」

むか。

あながち間違ってねぇから腹が立つ!

俺のことそれだけ分かってるくせに。
オマエのことはひとつもみせぇねんだな、このシークレット野郎が。

=============================

なんだか知らないうちにチップが怒り出しちまって、俺は大慌て。
面倒なんだ、コイツが怒ると、怒ったら兎に角離れるか逃げる。
でもこの風呂の中じゃそう言うわけには行かなくて。

肩をつかまれて湯船の背に押し付けられて。
沈み込みかけた俺の代わりに、チップが立ち上がった。

そのまま、かがみこんできて俺の目を見る。
「な、なんだよッ!」
「…お前の名前は?」
「御津闇慈、知ってんだろ」
「そうだな。それは知っている」
近づけられた顔が俺の横を通り過ぎて。
「…」
耳元で名前を小声で呼ばれて。
「なん、だよぉ」
答えは無くて、腕をつかんで外そうかと思った途端。
耳朶に軽い刺激。
「…ッ…!チップ!何やってン…!」
「お前の職業と過去を述べよ」
「…わかんねーよそんなモン!」
「そうやってヒミツにする」

違う。

そう言い掛けて、口が止まった。
ヒミツ?
ヒミツにしてるつもりなんか…
無い
って、言い切れるか?

もう一度軽く耳朶への刺激。
「ンッぁ」
声が漏れて、あわてて口元を手のひらで覆ってチップを伺う。
チップの目線は俺の目をとらえて、…目が、笑ってやがるよぉぉ。
「あ、あんなあチップ、男同士でこういうのって、気持ち悪いとかそう思わね…」
「さぁな、そりゃ誰の意見だ?」
「…お、俺の…」
「言い切れるか?」
「…」

もう一度、耳元にチップが沈み込む。
また来る
そう思ったのに、何もこなくて。
ちょっと物足りない気分になりかけて、あわてて打ち消した。
その代わりに来たのは、首筋への舌の感触。
「チップ!」
「見えないなら剥がすだけさ」
「なン…」

なんだよ、
俺の裏がみてぇってなら、普通に聞きゃいいじゃねぇかよ。
答えないけど、多分俺は。
はぐらかして、いったい俺は何で質問からそう逃げるんだろう。
別に、どうでもいいじゃないか。
人のことなんか…
「いや、何か隠してる、そうじゃなきゃおかしい」
何にも、隠してるつもりなんか…

唇をふさがれて。

入ってきた舌に意識を奪われた。

「ンッ…」
押さえつける腕が外されて、俺の背中を這う。
何で、こんなことしてんだろうなァコイツ…
こんなんで、ウラってのは見えるン?
わっかんねぇ…
指先が、腰を通って前へ滑らされて。
肝心の部分には触れずに、やたらと煽るように周囲の肌を滑る。
離した口元で、チップが笑う。
俺の乱れた息、自分で聞いて。
「反抗無しか?」
「…ん、え?」
「やっぱわかんねー…」
言葉と共にその指の中に握りこまれて。
「…ッ、はァッ…!や」
「なにを考えてる?」
「な、何にも、考えて、なん、かぁ…」
「嘘だ。強情なヤツ」

違うよ、
本当に、なんも…
考え、っていうか、
わかんねーよ。

「や…、離し」
「ぶっ飛んじまえ」
「…!!!!」

指先でくるりと探られた其処に雷が落ちたように痺れが走って、
身体が反りあがって掻き乱された湯が外へ跳ね落ちる。
止めなきゃ、
いや、もっと?
いや、違う
いったい俺はどうしたい…

チップの身体に手をついて、突っ張って、
それでも離されずに送り込まれる快感に、
頭ン中真っ白になりそーで…
「か…勘弁…」
「しねぇ」

あ、もう、駄目だぁ…

================================

闇慈の顔を試しに覗き込んだら、眉根がよっちまってて、強く眼ェ閉じちまってて。
ああ、やっぱりわからねぇ。
身体引き上げて、湯船の淵に座らせた。
それに逆らいもしねぇし、
時折俺の身体を押して逃げようとしてる気はするんだが
どうも力が伴って無いところを見ると完全に逃げたいわけでも無いらしい。
やっぱりわからねえ。
開かせた足の間に顔を突っ込んで舐め上げても、細い声で啼いて俺の髪を掴んで震えるだけ。
いい反応してくれちまってる其処、口に含んで、死ぬほど、ってのはどうだよ?
「…ひ…ぁっ」
咥えたまま、自分の口の中に指を入れて先端を指先で探る。
「や、やああっ、駄目、駄目だってン…」
なにが。
駄目なのかイイのかはっきりしねェし
イヤなのかイイのかもはっきりしねェ。
どっちなん、だよ!
闇慈の其処から湧き出てる蜜を指に絡め取って、
後ろにそっと当てた。
「…!チップ、どこに何してん…!」
「んん?」
口に咥えてるんで言葉は出ねえよ、馬鹿だな質問は無駄ってモンだぜ。
きつく閉じた其処を指でゆっくりとこじ開けて。
「や、やめろ、そんなトコ…!!!」
閉じようとする足を肩と左手で押し開けて、同時に口の中のモンを内壁で擦り上げてやる。
「…っぁ、あっ」
イイ反応、しやがんの。
「駄目、本気で、マズイ、んだ、ってぇ」
「ああ?なにがマズインだかわからねぇんだよ!さっきからオマエは遠まわしにばっかり!」

はっきり、しろ、ってンだコノ…

指を奥までねじり込ませたのと、
闇慈の手が自分の其処を隠したのとが同時で。
もうひとつ同時。
足が俺の肩に絡んで、悲鳴が聞こえて、闇慈の身体が強く震えた。





指の先突っ込んだだけでイク奴があるかよ。
背筋にゾクゾクとしたやばい感情が走るのがわかる。
勝手に俺の舌が自分の下唇を湿らせる。
ついでに、涙ぐんでるその顔、覗き込んで、ついでに唇を舐め上げた。

「は、はっ…う、嘘…」
「嘘じゃねぇ、お前は指でイッたよな?なー?早ぇし、驚いたなァオイ?」
「バ、馬鹿野郎!こんなん経験したことねぇし、知りもしねえし、どうしてイイかわからねぇし、止まらねぇし、馬鹿!!!!」
懸命に怒鳴り散らして、オイオイ、それって恥ずかしいの誤魔化してんだろ?
「オマエがはっきりどうしたいのか言わないから、俺が勝手にやったんだ、責任転嫁って奴だぞそれは」
「うるせぇ!ごちゃごちゃ抜かすなーッ!」
べちべちべちべち。
俺の後ろアタマ殴って、
って、さっきの体勢のまんまなんだから其処に攻撃が集中するのはしょうがねぇんだろうが
痛いぞ。

「そもそも、何でこんなことすんだよ!」
「…」

なんで?
って、
なんでだ?

そういや、なんでだ?

「か、考えながら、動かすなァ…」

そういや、指突っ込んだままだったな
って、なんでだ?

「というよりアンジ」
「なん…」
「俺が終わってねえ、フェアに行こうじゃねぇか」
「嘘?」
「本当」


暴れようとするトコ、指動かすだけで動きが止まっちまうから。
…だんだん、もしかして、コイツ本当に何も考えてなくて、
単に身体がそうなるからそうなっちまってるんじゃないか、なんて。

単純。

分かりやすくて、イイ。

「なあアンジ、もしかして普段も素のまんまなんじゃないか?」

と、聞いてはみたものの、
湯船の端っこに爪立ててるその指が震えて頭を振るだけで答え無し。
違う、って意味じゃなさそうだけど、
答える余裕もなさそうだ。
後で、もう一度聞くか。
聞く意味も無いかもしれないな。

こいつ、見えないんじゃなくて。
全部、見せてるから見えない部分がねぇだけなんだ。

「ちょっとは隠せよ、なぁ」

腰骨に指を食い込ませて、後ろから。
やっと俺のそれを飲み込んでるその身体は苦しそうで、
しかし耐えてるという風でもなくて、不思議な感覚。
ためしに
「ダイジョウブか?」
って聞いてみた。
首を横に振ってるけど、まあいいか、見なかったことにしちまおう。

===================================

なんなのよ。
ぬるすぎになっちまった風呂を沸かしなおしながら、俺は湯をかき混ぜてた。
チップは流し場で頭洗ってる。
なんなのよ。
一体なんだったんだよ。
うううううううー。
何であんなことされたのよ?
何で俺はされるがままだったのよ。
あーもう面倒クセェ!

わかんねー!

から、

わかんないまんまでいいか、どうせわかんねぇし。

「なあアンジ」
「なんだよ!」
「初めてだったんだろ?」
「ぬがー!!!当たり前だアアアアアア!!!」

ばっちゃーん。
水をぶっ掛けて、チップのアタマからびしょぬれ、
「照れるにも加減をしやがれ!」
とはチップの反撃で。
石鹸投げられて、額にゴツン。
投げ返して、股間にゴツン。
「……!!!」
おさえてうずくまってるチップ見て大笑い。
罰が当たったんだよバカモノ。

ひとつだけ聞きたいことがあるんだけど、どうしようか迷ってる。

チップの奴が俺を見るときに、睨みを伴ってたあの眼。
なんか、さっきから俺を見るその眼が普通なのは何でなの?



怖く無いからいいけどさァ。



「そういやアンジ、メガネはどうした?」


ああ、そういや。
さっき外して、脱衣所の籠ン中放り投げたっけな。
「見えないだろ」
「見えなくっていい時もあんの」

ふと気づくと、はねた水に混じって流れ落ちてた茶の葉っぱが排水溝にへばりついてたから。
ピロ、とそれをめくって洗い流してから、もう一度湯船に浮かべた。
もう一枚はどこに行っちまったんだか、見当たらなくなっちまってて。
どこ、いっちまったんかね。
「ところでアンジ」
「んん?」
「頭に葉っぱ乗ってんぞ」
「うわあ!」

あわてて頭に手をやると、化け狐よろしく葉っぱが乗っていた。
ペロ、とそれをはがして、湯船に浮かべてかき混ぜる。
このやろー。なんてトコにいやがるんだ。
もー。
ぐるぐるぐるぐる。
一生懸命かき回してたら、葉っぱが回ることよりも湯を回すことに熱中しちまって、
チップが「なにやってんだ?」
ってまた聞くまで、止まんなかった。
案外、見えないモンなんて一番近いところにあるモンだな。
見えすぎて見えない
って、よくある話だよな。

そうそう、日本語で「灯台下暗し」ってのがあるよなぁ

「オマエの灯台は昼間の灯台だ」

チップがそう言って。

昼間の灯台?
ンじゃ、下暗くねぇじゃん。
全部みえてるじゃん。



全部、みえてたってこと?俺。
そういわれると参っちまうねぇ。でもまんざらでも無ぇな。

くるくると回ってた葉っぱが止まりかけてた。
表裏を交互に見せながら。
俺はフゥンとうなずいて、もう一度それをまわした。
風呂上がったら、また茶でも入れようか。
表も裏も関係なく美味い茶って奴をさァ。
葉には表裏があっても茶にはないようだから。

くるくると回した葉が完全に止まるのは見てもみなくても同じこと。
葉が表で止まろうが裏で止まろうが関係ねェ。
だってその頃合には俺たちは表も裏もねぇ茶を美味いって言いながら啜ってるだろうからさ。
なぁ?

そうそう、ちょっとは隠せよ、ってあの話、まあちょっとは考えとくさ、忘れなかったらな。