★海の時計と魚の呟き★ |
「ボタン!」 遠く響く声。 うずくまる俺の頭上をすりぬけて、静寂の空間を乱す。 「手ェ貸せ!助けろ!オイ!!!いるんだろうが!」 カシャン。 取り落とした時計に目もくれずに。 腰に差したエモノに手をかけた。 くだらない悲鳴も、痛みも、何もかも、斬り捨てる!…勝也さんが、助けを求めたから。開けた視界の前にうつったのは対した事の無い数の集団。過剰反応、俺の精神が熱く沸騰する。もう止まらない、これは残虐なる儀式!この俺が動く為にある一つの儀式!痛みが怖ければ感じなければいい。怖いから、怖いから感じなくなればいい。 すべてが崩れ落ちて。 勝也さんが俺の顔を呆然と見ていた。 血濡れの俺を見て。 呆然と、そして、言葉を。 「…悪魔、め…」 笑う。 笑えますよ、その冗談。 貴方も俺を傷つけますか?そのおつもりですか?なら斬り捨ててしまえばいい!この刃で切り裂いて、すべて止めてしまえばこの寒さから逃れられる。そうだ、時計が動かないのは勝也さんのせいだ、マミーさんの、せいだ。余計な者を取り払えば、時計が動くに違いない、そうしたら俺はもっと自由に時を伝っていける。 ああ狂ってしまったのか俺は…! 勝也さんの腕が俺の目の前に交差した。 振りかざした刀が動けずに、俺の時はまた止まる。 貴方の時を殺すことができない、だから俺の時は止まったまま。 「ボタン?!何しやがる!?正気か?!」 「……時計を…動かさなくてはならないんですよ…」 「時計…?なに言ってんだ、エモノを離せ!」 強くひねり上げられた腕から、刀が落ちる。 ああ、ああ、アレがなくては俺の時が取り戻せない…! 「ボタン!しっかりしろ!」 「…ああ…時計、が……」 「狂っちまったのか?オイ、俺を見ろ、しっかりしねェか」 バシ。 頬を殴られる痛みだけが俺に伝わってくる。 痛い、痛いよ。なんでこんなことするの。誰がこんなことするの?こんなコトするものは死ねばいいんだ、なんで俺を傷つけるの?誰が俺を殴ったの?どうして俺は痛いコトをされるの?どうして誰もつつんでくれないの!? 「オイ、なんで、なんで泣いてんだよ…」 泣いてなんかいない、泣いてない、泣いてない! ここはドコなんだ、俺はドコで何してる?どこに行ったらイイ?誰が俺を求めてくれる!?俺を求めてくれる人、俺を認めてくれる人なんて、いた?いた?弱い、弱いから権力を振りかざす、権力がなければ俺は不安で行くところがない、どこに群れれば安心出来る?誰にすがれば勘違いしたまま生きていける? 誰が、強くなければイケナイって決めたの?! 「ボタン!」 ヒドイ、眩暈が止まらない… 勝也さんの声。だね。わかったよ、今聞こえた。 時計は、どこに置いてきたっけ。 あの時計を動かさなくちゃ。 鍵を… 目を開ける。 薄暗がりの中でぼうっとした天井がだんだんと鮮明に浮かび上がってくる。 ここは、どこ? 横を向くと、煤けたテーブルがあった。 汚い、テーブル。ゴミ?俺はとうとう廃棄物になったの? チャパン、と、水の音。 冷たい感触に、それを確かめようときちんと目を開いた。 白いものが、俺の頭の上に乗ってる。 上を向いてそれを見ようとしたら、頭の上から落ちた。 「動くなよ…落ちるじゃねぇか」 声。 「…勝也…さん?」 「オウ。じっとしてろ」 水の音が聞こえる。 ああ、ここは海?魚が、泳いでいるんですね。だからあんな音がするんだ。 魚はどこへ行きましたか?自由ですか?囲いはありませんか? 魚のすむ場所はありますか?海ですか? それは広すぎませんか?寂しくはないですか。 俺には、広すぎて、つらいだけでは、ありませんか。 閉じた瞼を指でなぞられる。 その指が濡れているのは何故ですか?勝也さん… 「何が、あった?」 「……魚…」 「…ち……まだ、戻ってきてねぇのか…」 誰が、戻ってこないんですか? マミーさんですか?心配ですよね、やっぱりいないってのは寂しいですよね。 俺はいなくてもこんな風に思ってもらえないんでしょうね。 どこへ行ったら、必要としてもらえるんでしょうか。 俺はいつも、邪魔な、だけ… 海にも帰れない、バケツの中でじっとしてる魚。 この壁が、いつになったら取り払われるの?酸素が少なくなってきて苦しいよ。息が出来なくなったら、死ぬ?見えないよ、なにも見えないよ、自由にして。海?嫌、海は嫌だ…!あんな怖いところに放さないで、広すぎて、行き場が、ない、から、そんな怖いところじゃなくて、そう、アナタの水槽の中に、お願いだから…。 □海の時計と魚の呟き・3◎ |