★饒舌な人形★
…なんでこんな事になってるんだろう。
俺は勝也さんにこういう風に扱われていたわけ…?なのだろうか。
いつもの溜まり場。勝也さんに誘われて、ただ一人、ここに来た。
いつもの様に、俺はパシリで。この人に勝てない自分を知っている。
だから、この人について来てるフリしてた。本当は強くなりてぇよ。本当は…。
「おう、ぼたん、遅いぞ」
「すみません」
俺はまたヘラヘラしながら謝る。勝也さんは俺よりエライから。
怖いから。この人の強さが。俺が努力しても追いつけないと思える強さが怖いから。
宗教に似ているな、と思った。
あがめばご利益がある。そう、同一化した自分になったフリが出来る。
勝也さん、アンタ俺を見て情けないやつだと思ってるでしょう。
わかってるよ。
だって、アンタの俺を見る目が。
こんなにも、嘲っているもの。

「この空家、幽霊が出るらしいぞ。」
「ええっ!?お、驚かさないで下さいよ…」

わざとらしく驚いたフリをする。
分かってる、遊びだろ?分かってるよ、俺は何も知らない間抜けでいなければならない。
それがあんたが望むことだから。
そして俺が、それに甘んじて…いや、それに…すがってしまっているから。
支配者がいる、選択の余地のないと言うぬるま湯に。
自ら身を投じたのは、俺自身。

「ぼたん。」
「はい。」

勝也さんに言い付けられた物。本や食べ物。それと、自分を運んで。

それを提示する。

「オメーよ、知ってるか?フェラチオってよー。」
「は、はい?」

と、突然何を聞くんだこの人は。
知ってるといえば知ってる、知らないフリするのも恥ずかしいけど
「知ってる」って言うのも妙な反応だとその時は、感じた。
戸惑いだけで、俺は口をもぐもぐさせるだけ。
真意が掴めない。

「座れ」

命令される。
怒っている?怒らせた?一瞬のうちに、身体が緊張する。
俺の目に前にたった勝也さんは、異常に大きくて。
その存在の重みに、思わず後ずさりする。
ああ、この人は、俺を食い物にする。
思考が、鈍る。
そう、俺はこの人に、したがって…そうすれば強くあれそうな、そんな勘違いを植え付けられる。
俺を睨む瞳に、背筋が凍る。
頼むから、俺を睨まないで下さい。
目をそらして…そうすれば、俺もアナタの見る方向を睨むことが…出来る筈…

「聞こえなかったのか?ああ?」
「ど、どうしたんですか、勝也さん…」
「…早くしろってんだ!」

ビクンと身体が勝手に飛びのいて、それを追う腕に自分の手首を掴まれて。
「座れ…?」
疑問系で命令を投げかける残酷な声に。
引きつった顔で、壁際に座る。
掴まれたままの腕を引き上げられて。
「な、何するんですか…俺が…何か…すみません、許してください…」
怖い。
謝ることしか出来ない。
わからないから。いつだってこの人に理由なんかない。
そう、俺は、気分で使われる犬っコロ。
噛みついたら殺される。

「お前。俺の吐け口になれ」

もう片方の腕を持ち上げられて、両腕を壁に押しつけられ。
大きな手のひらが、俺を無防備にする。
「…か、勝也さん…どう言う…」
猛獣のような瞳が、俺の目を見て笑う。
ああ、嘲られている。
無力な自分を見て、この人が笑う。
この人にしたがわなければ、居場所がない自分に。それを知っている目がそれを笑う。

「……ッ…勝也、さん…」
「怖いか?」
「…そ、そんなこと…無いです…」
「それじゃぁ、なんでオメーは震えてるんだ?腹でも蹴ってやろうか?」
「や、やめてください!俺が何をしたって…。」
「さぁな、気分だ。今日俺は機嫌が悪い、お前は運が悪かっただけだ。な?そうだろう?」
残酷な、人だ。

いままでも気分で殴られたことがある。
むかついたから、殴らせろ。
俺がいくら嫌がっても、それは通じない。そう、それはまるで当然のコトであるかのように。
「知ってるか、と聞いたんだ。」
「……え…っ…」
「口で咥えるんだよ、知ってんだろ?」
「あ…」
まさか。
そんなこと、考えて無いですよね?
仮にも俺は、男なんですよ…待って、信じられない。この人が本気なのが分かる。
俺を、なんで、そう言う風に扱うの?!
俺は一体何なんですか?!
アナタの、一体、俺は。俺はアンタにとって、ただの…やっぱり、俺は、「物」、なんですね。
もがこうとした腕を、強い力で押さえられて。
もがいて、たとえ逃げたとしても選択の余地が無い自分に、俺は気づいている。
剥き出しにされた其処に。
目をそらして唇を噛み締めるだけ。
「殴られてぇのか?」
「…か、堪忍してください…」
いくら言っても無駄なのは分かっている。けど。
この人が求めるコトが、怖い。
自分がそれをするだろうことが、怖い。
逃げようと思うコトすら剥奪された、それに甘んじている自分が、恥ずかしい。
髪を掴まれて、頭を無理にねじられる。
唇が乾く。
アンタの手のひらから、軋む自分の骨の音。
逃げられない。
逃げない。
行き場が、ここにしか無い。そう、俺がここに安住…させていただくには。
口を開きかけて、閉じる。
強く寄せた眉根が苦しい。胸の奥が苦しい。
「1度だけ言うぞ?これが、最後だ。イイな?」
「……う…ッ…。許し…」
「イヤだね。咥えな、ぼたんよ。」
もう、駄目なんだ。

唇を開いて、そう、口に入れるだけでイイ。
「…っく……っはぁ、は…ッ」
息が詰まるだけで、身体が動かない。
拒否しようとする身体を、無理に引っ張り上げて。
掴まれた髪の根元に熱い痛みを感じて、うめきと共に、息を吐き出し、口を…開く。
「舌で、舐めてみろ」
言われるまま。
力の入る首筋に、諦めろと言い聞かせる。
舌を突き出して、暖かいものに、触れる。
「…ッ…!!!ふッ…」
一瞬引いた頭に、髪を離された。
「逃げてんじゃねぇよ。どうした?怖ぇのかよ?」
頬を一つ殴られる。
強くは無い。強制するだけの、痛み。
もう1度、舌で、それを捕らえて。
「分かって来たか?良かったなぁ学習能力があって。」
痛いよ。勝也さん…。胸が、奥のほうが、苦しいのは何故なんでしょうか?
助けてくれるのは、勝也さんしかいないと思って。
すがる、しか、ない。

咥えて、指示通りに。
苦しい。唇が熱い。
楽しそうな声に、一瞬だけ安心する。
ああ、捨てられなかった。

目から、溢れてんのは、これは、涙ですか?勝也さん。
俺、なんで泣いてるんですか?
なんで、俺は大事にされたいんですか?
悲しいです。悲しい…

手首の骨が軋みます…
口の中が、苦しくて、これで勝也さんは気持ちいいんですか?
掴まれた頭を、強く押しつけられて…
咽の奥に、息を塞ぐ液体が広がり…

「へったくそな野郎だな…飲めよ?当然だよな。ぼたん?」

絶望に犯されて。
むせ返りながら飲みこんだ俺の腹に、満足そうに蹴りを入れると。
俺を残して、ここから消えた。
腕が痛いです。
ここはどこですか。
俺は、何してたんですか。
俺は、何ですか。


ネズミの声に、我に返った。口元から零れ落ちる液体。
フラッシュバックするあの感触と感覚と、気持ちと、ひどい眩暈!
咽元に突き上げてくる、苦しさに口を塞ぐ。
「…っぐ…う、う…ッ」
酷い眩暈と吐き気に、意識が飛びかけて、理解した。
俺が何をしたかを。

すべて、吐いた。
自分が裏返ってしまうのを望んで。
吐きつづけた。
涙が止まらない。
わからない。わからない。わかりたくない。
咽が焼け付く様に痛いのに、俺の吐き気は治まらなかった。

■饒舌な人形・2

BACK