寂しい、こんなに暗い場所は初めてだ…
寂しい…
寒い。寒いよ。
どうして、俺は一人なの…
いつも一人…
誰も居なくなっちまった。
そう、よく考えたら、ずっと一人だったじゃないか。
親父が、お袋が死んで。
周りの目が俺を奇異の存在としてみた。

面倒な、子供。

大人になったって、ずっと面倒な子供。

俺は、暗い場所に…深い場所に一人きり。

真弥子も…一人で寂しくないだろうか…あんな冷たいトコロに一人きりで。

お前は愛されたよ。


…俺は…
愛しては貰えなかったよ…。

俺が悪いのか。

すべて、みんな…俺のしたことへの報復?
コレは、自業自得とか言う簡単な状態?

…なんで、こんなに寒いんだろう。

指先にあたる物は何もない。

唇に触れる暖かさもない。

何もかもを忘れさせてくれる、安心出来る場所がない。


タスケテ…


そう言えば、法条は…元気だろうか。
あいつも一人?
寂しくはないのだろうか。
俺はこんなに弱かったんだろうか。

弥生…


…もう、会えない。

もう、この手に触れるものなんか、多分無機質なものばかりになる。







「…そんなに死にたいか?」


男の声。
目を閉じた俺の頬に、流れるものはそいつに見られたんだろうか。
悲しいよ。
寂しいよ…


目を開いて、そこに居るのは単なる殺し屋。
俺を殺す為にそこに居る殺し屋。


守れる物なんか、もう、ない。
守りたくても、もう、それは皆逃げていってしまったから。
守るものが、ない、そんな俺の価値なんか…


ない



「好きに、しろ」


やっと言えたのはこの言葉だけ。
殺してくれ、なんて、思ってもいない。
死にたくはない。
でも、こんな寂しい場所に置いていかれたくない…



その俺の言葉に、何故かプリーチャーは俺を抱いた。
ヤツの肌が、俺の肌に擦れる。
送られてくる快楽さえも、まだ、足りない…
このままじゃ、俺は寂しくて仕方がないよ…

「憎いのではなかったのか?私が」
「憎いさ…憎いけど…もう、俺にお前を殺す理由が、ないんだ…」
「消えたのか」
「そう、理由も、俺の気持ちも、全て」
「死人と同然だな」
「殺す愉しみも失せるだろう…?」

俺の言葉にプリーチャーはかすかに笑っただけだった。
壁についた両手はパイプ管に拘束されて…
こんな拘束なんて、今の俺には意味がないのに。
全裸の俺の身体をくまなく犯そうと、プリーチャーの指が這いまわる。

「…ふ…ぅ、あ…ッ」
「何がほしい?」
「…ほしい、物なんか…ッ…ん…」
「あるだろう?」
「……ひ、とつだけ…」
「言ってみろ」
「…今、欲しいのは目の前にいるアンタだけ…なんだ…」

涙が止まらなくて。
プリーチャーがそれを聞いて笑った。
悔しいよ。
なんで、俺を笑うの?
置いていかないで。
せめて、犯して…。

「おかしなことを言う」
「…もう、もうなにも言わないでくれ、頼む…」
「行き場がないのか。お前を欲する人間がいないのか、寂しいヤツめ」
「言う、な…後生だ…」

もう、コレ以上傷つけないで。
戻れなくなってしまう。
…戻れても、戻れなくても、もう関係ないのかもしれない…
俺の居場所はヤツの言うとおり…どこにもないのだから…
ああ…
苦しいよ。
寂しいよ…
胸の奥から、涌き出るこの苦しい感情、せめて…誤魔化したい…

「殺してやろうか?」
「…その前に、もう一度、犯してくれ…」
「フ…」

プリーチャーが含み笑いを響かせた。

こんなに情けない俺。

アンタにだけ、最後にだけ、曝け出させて…

カチャン。
プリーチャーが、俺の腕の拘束を解いた。

「…プリーチャー…」
「こっちを向いて足を開いて見せてくれ」
「……」

身体を開くと、覆い被さってくるその身体。
肌の熱さ。
しがみつきたくなる衝動を、押さえる。
…ココまで来てプライドだなんて…俺は一体…。

俺の頬にプリーチャーの頬が重なった。
肩口に、顎を軽く乗せられて。
下腹部に冷たい指が這う。
そのまま、俺のその部分まで、降りていく。

「…あ…ッ」
「イイか?」
「…ん」
「…そうか」

何故かゆっくりと愛撫されるソコに、柔らかな溜め息が漏れる。
もっと、深く…
もっと、なにも分からなくなるくらい、乱して欲しいのに…

「…プリーチャー…っ」
「…黙れ」
「…ん…は、はぁ…ッ、っく」

優しく差し込まれた指が、ゆっくりと抜き差しされる。
もっと、強く犯して…欲しいのに…!

「…っ、や、め…」
「して欲しいと言ったのはお前だぞ?」
「…こんな、仕方…ッ」
「もっと激しい方が好みか?フフフ…」
「…忘れたいんだ…何もかも…!だから…ッ」
「私がそんなに優しい男に見えるかね?精神的にもいたぶってやるのが私のやり方だ」
「…っ、やァ…」

入った指が奥で軽く曲げられて。

「ん、んぅ…!」
「ここがイイだろう?ココに触れると中が締まるぞ?」
「っふ…あ…ッ」
「もっと乱れたいんだろう?忘れたいんだろう?そんなに何が悲しいんだ?」
「…ッ…」

髪をかきあげられて、指が通る感触に気が遠くなりかけた。

「悲しくなんか、ない…」
「悲しくないのに泣いているのか?」
「泣いてなんか…、いない、泣いてない、俺は悲しくなんかない
 …やめて、やめてくれ…思い出したくない!!」

叫ぶ俺の声を。
唇で塞がれた。
人の、体温。
こんな殺し屋が…


「…う、うッ…頼む、頼むから、もっと激しくしてわからなくさせてくれ…!」

苦しくて。
切なくて、たまらない…
弥生にも、亜美にも、氷室にも。
誰にも抱きしめては貰えなかったこの身体。
皆、俺に抱かれるだけで…
誰も、誰も受けとめてくれなかった、誰にも見せられなかった。

指がそっと抜き取られて。

変わりに、プリーチャー自身が焦らすように…押入ってくる。

「天城小次郎と言ったか」
「…ん、そ、そうだ…ッ」
「…私も一つ忘れたいことがある。付き合おうじゃないか…」
「…ッ、あ、ああッ…!!!」

そのまま…
お互いを貪るように、快楽に沈む。
誰もいなくなってしまう。
コイツだって、いなくなってしまう。
俺は、コレが終わったらいなくなるんだろうか…

死にたくないのに。
生きたいのに。
けど、どこにも…
生きてる証しをくれる人が、いないよ…

「苦しいか…天城小次郎…?」
「…っつぅ、あ、っく…」

プリーチャーの素手が。
俺の首筋にかけられてきつく締める。

殺される…?

もう、どうでもイイ。

「…締まるぞ…こういうのもなかなかにそそる物だな…?」
「…っく……」

息が苦しい…
前が、見えなくなるくらいに、強く締められて…
首を閉めている手が、グイ、と引かれた。

喘ぐ俺の唇に。
酸素を求めて突き出した舌を舐めて、ゆっくりとプリーチャーが口内を侵す…

「……私を求めろ、小次郎…」

途切れそうな意識の中で。
俺の手は、プリーチャーの背中を、抱き締めた。

プリーチャーが苦しそうな顔をしたのが見えたような気がしたけれども。

…俺の意識はそこで途切れた。








ピチャン。
水の落ちる音に、目を開く。

肌寒さに、我に返ってあたりを見まわすと、水路の中だった。
プリーチャーは近くにはいないようだった。

「…何故…殺さない」

嗚咽が漏れる。
口を押さえても。
止まらない…!

「なんで…なんで殺さなかった…?!なんでだ、殺せよ…!!!」

叫んでも、声がこだまするだけ。
また、俺は一人になって…
どこにも、誰もいない。
一人ぼっちで。
おいてきぼりで…

…誰もいない…
この暗い場所に一人。


『私を求めろ、小次郎…』



誰の声…?
俺はこんなにも求めているのに。
誰か、誰か俺を、強く抱いてくれ…

泣いた。
涙が枯れるまで、泣きつづけた。




俺を見つけた甲野が、俺の頭を柔らかく叩く。




「天城君…自分が見えるというのは、怖いことだね…」
「……ッ…」
「曝け出せば弱くなる、強がれば心が離れる」
「…甲野…?」
「…行こう。プリーチャーは殺されるのを待っている」


この手で。


そう…

何もかも、終わりに、しよう…
戻ってくる物の気配を感じられないのなら。

何も、かも…



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