ちょいと買い出しに町へ、ね。
ウチの村は閉鎖的なところですから、業者が出入り、なんて事はないですから。
だからアタシは助手席に珍しく羽佐間を乗せて、ってことはハンドル握ってるのはアタシ。
あー、久しぶりですねェ、この指に砂利道の振動を直接感じるのは。
車両もガタが来るわけですよね。こんな道ばっかり走らせてりゃ。
かわいそうにねェ、でも走ってくれなきゃ困るんでお願いしますよ、とハンドルをひと撫で。

「麓の町でコト足りますかね兄貴?」
「面倒だから足らせたいんですがねぇ」
「面倒なら任せていただければ
 俺一人で買いだしに行ったんですぜ?兄貴が行くッて言うからですねー…」
「あー分かってますよ。ッて言うかアタシ買い出しより一つ用事が有りましてね、
 ついでですよ、ついで。」
「ついで?」
「そ、ついで。」
「なんのですか?」

羽佐間ッて言う男は、なんでしょうね。
癖なのか神経質な性格なのか、臆病なのか、
アタシが運転してる間に話しかける時も真っ直ぐ前見てるんですよね。
そう言う行動って、ほら、アタシの運転信用してないようにも思えますよね。

「あ、あの木こないだの台風で折れちまったんじゃぁないか?」

アタシがそう言って指差すと。
そっちも見ずに、

「こないだの台風は本当すさまじかったですね。
 土砂崩れだってあちこちであったらしいですし」

こう来たもんだ。
こりゃ、信用されてないと。

「なんのですか?」
「え?なんですか羽佐間?」
「いや、さっきついで、って」
「ああ、寄るところがあるんで、先帰ってていいですよ」
「ついでなのは買い物の方ですか」

羽佐間が始めてアタシのほうをむいて言葉を発したのは、
信号でとまったから。
今度はアタシがそっちも見ずに頷いてみせて。

「寄るところってのは兄貴、」
「ん?」
「あ、タバコの灰が落ちそうですぜ」
「あー、あ、落ちちまった、まぁイイや」

ぱ、ぱ、とスーツの裾に落ちた灰を払うと、逆に布地に染みこんじまった。
それを爪で弾いて消す。

「あの外人さんトコですか」
「ああ、ジョージ。そうですよ。ジョージさントコ。」
「あー、その人です、どうも名前覚えられなくって」
「英語が苦手なら漢字にして覚えるとか」
「どう漢字に?」
「情、爺…?」
「ヒドイすよ兄貴それは。ジョージが怒りますぜ」

ん?
呼び捨てと来ましたか。羽佐間。
まァしらない人でしょうからしょうがないですかね。

「あの人は怒りっぽいですねぇ。」
「え?」

羽佐間の言葉にしばし沈黙。

「羽佐間、ジョージさンのこと知ってるんで?」
「はぁ、こないだ電話がありまして、それを取ったのが俺で、そのまま話してましたんで」
「な、なんでアタシに取りつがねぇ…」
「兄貴いなかったんですよ。そんで、ちょっと世間話を....」

ジョージさンが世間話?
そんな、まさか。

「台風は大丈夫か、なんて言ってましたよ。
 その後海外の台風と日本の台風の違いなんかを話しまして…」

世間話、っぽいですね、それはまさしく。
そうですか、
話してたんですか。
アタシの知らない間に、羽佐間とジョージさンがねェ。

へー。


そのあと、アタシは何故か言葉少なになってたんでしょうかね。
羽佐間に車預けて、
「先帰っててくださってイイですよ」
って言ったら、
いつもより深く頭下げられちまいました。
アタシ、そんな行動される様な顔してました?




「ジョージさン」
待ち合わせに使ったのはあろうことか、駅前の警察署の前。
そんな場所も気にせずに、歩いてきたジョージさンに向かってアタシの第一声。
「腹減りません?ああ、しろがねOは減らないンでしたっけねぇ」

棘の有る言葉?いやいや、普通の会話でしょ。

「…特に減ってはいないが、君が何か食べたいと言うのなら多少は付き合うが…」
「別にイイですよ。秋ですしね、ああ、栗なんかイイですねぇ、
 栗おこわに栗ご飯、栗まんじゅうとかね、
 初物は東を向いて笑いながら食べるって知ってやす?
 あぁ、アンタには歴史なんて関係無いんでしたっけ。」

アタシなんでこんな饒舌なんですかね。

「…アシハナ、なにか食べたいのなら…」
「別に」
「…そうか」

警察署の中の職員、アタシ達を見てますね。
別に喧嘩してるわけじゃないですよ、二人とも強面(コワモテ)ですがね。
こっち見ンなよ。

「何処か、移動しないか」
「…好きになさったらイイでしょ」


ダメだ、アタシ。
羽佐間の名前出したくてしょうがない。

話したんでしょ、

そう言ったら、どう言う反応してくれるんですかね。
別にどうってことない反応なんでしょうね。
「そうだ」
とか、そんな一言で終わる程度のモノなんでしょう?
話たんでしょ、羽佐間と、アタシの知らないうちに、アタシの知らない会話したんでしょ。

「ジョージさン」
「どうしたんだ、アシハナ。様子が変だぞ」
「口きかないでくれません?」

そろそろアタシが怒ってるの気づいてくれません?
そんで、謝ってくれません?
理由なんでどうでもいいでしょ、アタシが気分悪いんですから。


「…随分と勝手なことを言う」
「黙ンな」

勝手ですよ。分かってます。勝手ですよね、ワガママですよね。
アンタはアタシの言うこと聞いてりゃいいんですよ、アタシとだけ話してりゃいいんですよ。
なんですか偉そうに他のひと会話しちゃって。
嫉妬?ですか?アタシが?
アンタの権利尊重しろ?
…したいですよ。
アンタがなにしようと勝手。
分かってはいるけど、アタシは許せないんですよ、アタシものが勝手に動くだなんて。
アタシのモノって…
アタシ、何言ってんですか…

アタシの言いつけどおり、ジョージさンは口をつぐんだままでした。
なんで何もいわねぇンですか。
ああ、アタシ何考えてるんでしょう。
矛盾してますよね。

「…羽佐間と、話したんですってね」

とうとう、口から出た言葉。
返答は無し。
でも、事実でしょ。

「楽しかったですか。」

返答は無し。
く、と眉根を寄せるだけ。

「なんで話なんかしたんですか。」
「…」

明らかに、アンタの顔はアタシが言っていることを理解出来ない様子で。
理解できませんか?
分かりませんか、アタシの気持ち。

気まぐれで飼い始めた猫が、
勝手気侭に生きているのに気づいて
アスファルトの上で見かけた愛猫は
他の猫と鼻を寄せ合っていて
家ではすり寄ってくるくせに、外に出るとアタシを無視だなんてこと、よくありますよね。

「いつもの部屋とって有ります」

アタシはそう一言だけ言って、勝手に歩き始めました。
チラリと見た横目で確認すると、アタシの後をなんでもない風な様子でついてきていて。
気づけよ。このスカポンタン。
アタシの背中が小さく見えるでしょうよ、アタシのこと気に掛けてるなら。
それとも、アタシのことなんて気にもなりませんか?

もしや…アタシの背中、アンタを拒絶してますか?

旅館に入って、店の人間にちょいと手を上げて。
もう既にココでは顔なじみ。
声を掛けられたジョージさンが、ちょっと声を掛け返すのを背後に確認して。
…アタシ、もう帰っちゃおうか。

部屋に入って、
アンタのほうを振り向いて。
何も言えなくて。
分かってますよ。もう分かってますよ、嫉妬でしょ、
アタシだけ置いてきぼりが寂しいンでしょ?このアタシのちっぽけな心は!
なんか言って下さいよ。
羽佐間の悪口とかさ。
別段楽しくなかった、とかさ。
なんで、アンタそう簡単に他人を受け入れる様になっちまったんですか。

アタシ以外飼いならせない。
そう思ったから、安心していたのに。

…喜ぶべきなんでしょ…本当だったら…アタシ…
ジョージさンがこんなに柔らかくなったんだから、他人と会話まで出来るようになったんだからさ。

「なんか言いなせぇよ」

やっと出た言葉には無数の棘。
違う、はねつけたいんじゃぁない、拒絶したいんじゃない。
素直になれないですよ。素直になったらもっと寂しいじゃないですか。
これ以上寂しくさせないでくださいよ。
寂しくなる前に、アンタが気づいて、このアタシの気持ち何とかして下さいよ。
それくらい、してくれたってイイじゃないですか。
それとも、アタシはそんな価値もないですか?
…こんなにアタシをドス黒くさせといて。

「羽佐間と言うのは誰だ?」

こんな気持ちにさせといて、ほぉっておくだなんて、さっさとですねぇ…
え?

「は?ジョージさン?なに言って…」
「羽佐間と言うのは誰だ、と聞いているんだ」
「…は、羽佐間…は、えーと…アタシの舎弟で」
「そうか、その男?女か?」
「いいえ、男でさ」
「その男がどうかしたか?」
「…ん、い、いや、え…あー…」

困っちまいました。
そんなこと言われたって。
アタシの気持ち吹っ飛んじゃって、なんですかこの気持ち。
すっぽかされた?
違うな、そんな言葉じゃ言い表せないです。
置いてけ堀?
ああ、言うなればそんな気持ち。
って、そんなこと冷静に考えてる場合じゃない。

「で、電話で話をしたって、羽佐間から聞いたんですが…」
「?ああ、台風の男か」
「た、台風の男…」

なんかもう、アタシ、ほっとしちゃって。
でも、アタシ。
この人のこと、どう扱ってたのか、自分で見えちまいましたね。
どうすりゃイイのか、分かりません。
こんな扱い、良くないでしょ。
アンタはアタシの…言うことを聞くだけの、人形じゃぁない筈なんですから…
これは独占欲とか言うものですか?

「アシハナ」
「…はい」
「座れ」
「…」

大人しくアタシはその場に正座。

その目の前にアンタも真似して正座。

「身体も心も傷つかない」
「…え?」
「と君が思っているなら、間違いだ」
「…っ…」
「何が食べたい?」
「へ?」

そう言って立ちあがったジョージさンが向かったのは
旅館の一部屋一部屋についている(なんて豪華な!)台所。
あ、あの、そっちに向かうってことは、ですよ?

「私はどういったらイイのかわからない、どうしたらイイのかもわからない」
「…」
「君が素直じゃないことも、意地が悪い事もよく知っている」
「…言いますね」

ちょっと、傷つきましたよ。

「そして、思ったよりも寂しがり屋だと言うことも理解しかけた」
「…そ、そんな、そんなんじゃねぇですってば」

アタシは苦笑いして手を振ります。
もう、一押しして欲しい気持ちをねじ伏せて。
アンタは台所に向かいかけて、アタシに背を向けたまんま。
どんな顔で、そんな事言ってるんですか?

「だが理解しきることが出来ない。これは私の責任だ。だがどうしたらイイのかわからない。」

一押し、なんて、期待してませんから。
イイですよ、無理しなくて。
アタシが、ワガママ…言ってるだけなんですから。
言いたくて仕方がなくって、止められなくって、どうにもならないワガママですが。
手におえないでしょ?

「だから、君が食べたいものが有るのだとすれば、それを作ってみようかと思う。
 この選択が正しいと思うなら、食べたいものを言ってくれ。間違っていると思うなら、私を殴れ」


そんな事。
そんなこと、いわねぇでくださいよ。
アタシは立ちあがって、
アンタの後ろ頭をペチン。

「間違いだったか…」
「ちがわねぇよ馬鹿野郎」
「…なら何故殴る」
「栗ご飯。」
「栗ご飯?」
「そうです!アタシに振舞ってくれるんでしょ?」
「…栗、ご飯…」

振り向いたアンタの表情見て取って。
その困った顔、
どう言う意味なんですか?
アタシって、やっぱり扱いずらいですか?
アンタだって、扱いずらいじゃねぇですか、
いや、そうじゃなくて。

「栗ご飯とはなんだ?」

…そっちかい!

アタシの気持ちは溜め息と共に吐き出されて。
ようやく胸が軽くなった気がします。
ちょいと、その顔貸してください。
アタシがキスしようとする降りをしたら、そっちから口付けくれませんか?
今は、そんな気分なんです。
したいけど、されたいって、ありますでしょ。
してもらうって行為は、欲してもらってる証拠。

アンタの指が髪にかかって。
アタシがキスしようとする振りをする前に。
その舌がアタシの唇をなめました。
塗らされた唇に触れられて、安心、だなんて馬鹿みたいですね。
安心したいだなんて、そもそも、平和ボケですよね。
こんなこと、安心しなきゃ言えませんですけどね。

唇を離して。
一時間を開けてアンタの一言。

「これが栗ご飯、と言うことでは、ないよな?」

真顔で言うのやめてくだせえよ…たはは。

仕方なく、アタシはアンタに栗ご飯の指導。
まずは買い出し。
なんだ、アタシ最終的に買出ししてますね。
しょうがねぇなぁ、今日はどうしても買い出しが必要な日だったんですねぇ。
栗を手に取ってアンタに渡すと、アンタはその栗の袋をもう片方の手の平に乗せて、重さなんか確かめて。
そう、
なんでもそう。
確かめたくなる時が…あるんですよね。
アンタには分からないワケじゃぁないんですよ。
アタシのあの気持ち、多分知ってるんですよね。
嫉妬だって、経験した事があるはずですよね。
寂しくなる時だって、有った筈ですよね。

あ、違いますよ、栗は茹でてから剥くんですから。
しょうがないですねぇ。こうするんですってば。

最終的に栗ご飯を振舞っているのはアタシで。
それを黙々と口に含んでいるアンタを見て、一安心。
すいてたのは、お腹だけじゃぁなかったみたいですねお互い。

ちなみに栗おこわはですねェ。
え?
違いますよ、それは栗ご飯。
え?英語で?
マロンライス?
ち、違いますよ!何言ってんですか、アンタほんっとうにオカシイなぁ


なぁなあになって行く事への不安と
なぁなあであることへの安心感。


今日のアタシ達は栗ご飯で、なぁなあ。


いつか思い知るその日が来るのが怖くて。
思い知らない様に目をそらすことも出来なくて。
だから、ギリギリのなぁなあを、アタシ達は必至で維持しやしょ。
ゆったりとした、心落ち着くなぁなあ。
悪い事じゃぁ、ねぇと思うンですよ。


悪い事になんか、させませんよ。
アンタも、手伝ってくだせえよね?お願いしますよ?