美しい流線型の小さな生き物が、薄い茶褐色の指の上に、ちょこんと鎮座ましましている。
生物は時折小首をかしげ、これまた美しく光る金の眼で主を物想わしげにみつめていた。
──ったく、また、おかしなものを……。
「ボクの新しい友人を紹介するよ」
そう言われたので、この部屋にやって来た。
新しい友人なぞ興味はない。
この部屋の主が、外で誰とどんな付き合いをしようが、この衝撃のアルベルトには、全く関係のないことだ。
こちらの性格を知り尽くしているはずの盟友(とも)が、それでも「紹介する」と言うのだ。何か含みがあることはわかっていた。それでもここに来たのは──
「うふふ……くすぐったいよ……ははははは……」
小さな、盟友(とも)の瞳と同じ宝石のような翠の体を持つ爬虫類は、いつのまにか主の腕を這い昇り、その肩を、右へ左へとあざやかに身を翻し渡り歩く。
それを盟友(とも)は、愛おしそうに笑いながら宝石の眸で追った。
──なんだ……。まったく……。紹介すると言ったのではなかったのか。
ペットとじゃれあう盟友(とも)に、アルベルトは苛立たしげに眉をひそめた。
ほんの数日前、盟友(とも)は愛猫を失った。
詳しいことは知らないが、どうやら病死だったらしい。
「もう二度と猫は飼わない」
声も上げず、顔色ひとつ変えず、それでもその双眸からは熱い雫がいつまでもいつまでも流れ落ちる。
猫はただの獣だったが、盟友(とも)にはかけがえのないものだったのだろう。そう思っていた。今日までは。
それが──
──新しい友人だと!?
ペットにそんな区切りは無意味だろうが、初七日も過ぎぬうちにもうか!?
あの涙は一体何だったのか。
「ふふ……かわいいねぇ、お前は。大好きだよ……」
まるでベッドで女に囁くような声で盟友(とも)は、愛玩動物に語りかける。
宝石の翠がチラリとこちらを見た。
ぞくりと総毛立つような妖しい輝きで。
だがすぐそれは可愛いペットに戻される。
──なんなのだ!? どういうつもりだ!?
「うふふふ……。さあ、遊びはお終い。そろそろおうちへ帰ろうね。じゃないと、ボクのお友達が怒ってしまうからね。いい子だ、アル……」
言って盟友(とも)は、ペットを大事そうにそおっと水槽に戻した。
──アル? 「アル」だと!?
「くっ……ははははははは……わーっははははは!」
アルベルトは、こみ上げる可笑しさを抑えきれず、大声で笑い出した。
「……くくくくく……。貴様……トカゲに『アル』と名付けているのか? ワシの名を。……そうか……そんなにこのワシが恋しいか……くくくくく……」
突然、豪と笑い出したアルベルトを、盟友(とも)はキョトンとした顔で眺めていた。
その表情は、さらにアルベルトの笑いのツボを刺激する。
「うう……くくく……そんな顔で見るな……ヒーッヒヒヒヒ……」
アルベルトはひつこく笑い続ける。
と、不意に盟友(とも)が口を開いた。
「……バシリスク」
「え?」
何かの呪文かと思い訊き返す。
「バシリスクだよ、この子は」
どうやら爬虫類の品種名らしい。
そう言われてみれば、トカゲとは何処か趣が異なっている。
「酷いねぇ、オジサンは。お前がどんなにすごいか、ぜんぜん知らないもんだから……」
笑われた意趣返しのつもりか、盟友(とも)はイヤミたっぷりに件の爬虫類──否、バシリスクに語りかけた。
そしてこちらを振り向くと、エヘンとばかりに胸を張って得々と言った。
「水の上を走るんだ、この子は。どうだい、素晴らしいだろう。水上のこの子は、それはそれは美しい……。君にも見せてやりたいよ、アルベルト」
最後の方は、まるで夢見るように語っていた。
水の上を華麗に駆けるトカゲ──いや、バシリスク。
それは少しばかり見てみたい気もした。
宝石の姿態は盟友(とも)の瞳のように妖しく煌めくことだろう。
水飛沫に濡れて光る翠。
──ふむ。美しいかもしれんな。
爬虫類など犬猫よりも意思疎通が難しく、ペットの価値は皆無だとアルベルトは思っていたが、まんざら捨てたものでもないようだ。
しかも、物事に無関心なこの男の心を捕らえたのだ。あの哀しみを癒す力があるのかもしれない。
そしてそれが、この自分と同じ名を持っている。
──悪くはない。
「では見せてくれ。『アルベルト』の駆ける姿を」
ペット自慢を素直に受けるとは思っていなかったのだろう。盟友(とも)は、狐に摘まれたような顔で目を瞬(しばたた)かせている。
ずいぶん長い空白の後(のち)、ようやく盟友(とも)は口を開いた。
ぱあっと花が咲くように笑って。
「いいよう。いつでも。だけど、まさか、君がそう言ってくれるとは思わなかったよ。ホントは野生の生き物なんだ。こんな狭い水槽に閉じこめておくのは可哀相だと思っていたんだ。嬉しいよ」
滅多に心の奥を覗かせはしない盟友(とも)が、本心からの笑みを零している。
いきなりある衝動が湧き上がり、アルベルトは慌てて盟友(とも)から視線を逸らした。
が、幸いなことに、盟友(とも)は、その些細な行動には気付かなかったようだ。
再び盟友(とも)は水槽に目を戻し、慈しみ深い声音で『アルベルト』に告げる。
「良かったねぇ、オジサンが優しい人で。なあ、アルテュール」
──え? なんだと?
今度はアルベルトが目を丸くする番だ。
あまりの驚愕に、銜えていた葉巻をポロリと落としてしまった。
それを盟友(とも)が慌てて拾う。
「もう、絨毯が焦げるじゃないか」
「……すまん……って、そうじゃない!!」
「何が?」
「貴様、今、なんと言った!?」
アルベルトは怒りにまかせ盟友(とも)の胸ぐらを掴み詰め寄った。
「何って……『オジサン』?」
「違う! その先だ!!」
「その先……あ……」
やっと盟友(とも)は失言に気が付いたらしい。
気まずそうに顔を横へ向けた。
「『アルテュール』って何だ?」
地響きのような声でアルベルトは問いかける。
「ええ〜。知らない? 『アルテュール・ランボー』。ゲーテの次くらいに有名な詩人だと思ったんだけど……」
むろん、アルベルトとて、詩人のランボーくらい知っている。
だが問題はそこではない。
「……このワシが不本意にも労ってやっておるというのに、貴様という奴はぁ〜……もう、許さん!!」
アルベルトは盟友(とも)を床に突き飛ばし、右手を構えた。その手のひらの中心に紅い火が灯る。
「ええっ!? タンマ、タンマー!!」
盟友(とも)は頭を抱え、身を低くして逃げまどう。
しかし、怒り心頭のアルベルトは容赦ない。
スレンダーな長身を華麗に回転させて追い回す。
「ええい、ちょこまかと、小賢しい!!」
「いやーん。やめてぇ〜!!」
「逃すかっ!!」


夜が深々と更けていく。
月明かりが差し込む中、ここBF団アジトでは、まだ追いかけっこが続いている。いつまでもいつまでも。まるでじゃれあう子猫のように。
追われる眩惑の漢の悲壮な叫びを響かせて。
「いやー、勘弁してぇ!! くそぉ、もう絶対、トカゲなんか飼うもんかー!!」




終劇
コメント
ムスタング☆38さんから頂いちゃいました小説です!
この構成にやられました…
文章表現として、かなり堅い堅実な文体を使いつつ、
その堅実さを逆に、真面目な小説なのだな、と読み手に思わせておいてから、
最後にドカーンと裏切るこの気持ちよさ!!
ギャグなのに、切ないというか、キュンと来る!
なんですか、こういう文章の描き方ってあるんですね!

この小説は、私の書いた小説の「tearress cat」とちょっとだけリンクしている部分があります。
お気づきになられましたでしょうか?
バンテスの飼っていた猫、というのは、ウチの小説で書かせていただいた…
…うふふ。嬉しいです。こんな風に、彼女(猫)を使っていただけるとは。
彼女(猫)も、生きていたかいがあるってもんです。
ありがとう、38チャン。ウチのフューシャに命をくれて、本当に有難う。

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