雨上がりの結構冷える日だから。 もしかしたらいないかもしれない、と思った。 何時もの所は未舗装地域であったし、寒いし。 一旦そこを抜けた後、舗装された国道をとおる。 ちらりを見えた影に、フ、と笑みを漏らす。 いやがった。 白く煙る朝もやの中を、退屈そうに歩いていく影。 いつもと同じ歩き方で。 俺のジャガーの爆音に気づいたのか、ヤツが振り向く。 そして道路へそのまま歩いてきた。 分かっている。 あいつは何もかも分かっている。 そしてまた俺に。 刻まれるのを待っている。 乗りこむのを確認してから、発車させる。 何かに気づいたのか、俺の顔をちょっとだけうかがっている。 そう、今日は無音だ。 俺の車がこんなに静かなのは久しぶりだ。 道路に落ちた雨を蹴るタイヤの音。 それだけでも掻き立てられちまう事だってある。 待ってな。 「入れよ」 俺のマンションは街中の大きなビル。 居間、キッチン、バスルームのほかに、2部屋ついている。 一つが和室なのが気に入って、ここに決めた。 何も言わずに、大人しくついてくる。 俺が自分の支配者であるかのように。 「イイ部屋ですね…」 和室に通すと、スッと息を吸いこんだ後、サーレーが言う。 感じ取ったらしい。当たり前か。 「ここは俺以外入れないようにしてた部屋だ」 「え?」 振り向こうとする肩を掴んでやると、そのまま振り向くのを止めた。 俺の支配する身体は俺の思うが侭に。 そのまま首筋にかみついて引き千切ってやりたい衝動が背中から巻きあがる。 その衝動は放出してしまおう。 サーレーの肩に腕を回して奥を指差す。 もう分かっているとは思うが。 「俺がぶっ飛ぶための部屋だ」 俺の指差した方向には、ランプやら何やら。 ソレ用の器具がちらりと置いてあるのだ。 当然、コイツなら理解するだろう。 奥のほうでぼんやりと光る照明。 障子張りの小さな灯篭。 それが橙色のぼやけた光を放っている。それ以外の光はここにない。 サーレーの目線が落ちる。 目をやると、その光に照らされた自分の腕に気を取られているようだった。 イイ度胸だってんだよ。 「体を倒せ。新しいドラッグを試してみたい…」 「…新しい?」 「対して強かねェ。もしかしたら効かねぇかもしれネェ。 ……試しだ…嫌とは言わせんぞ」 俺の声に、大人しく敷物の上に腰を下ろす。 俺を見上げる瞳。 それを見下ろしてはいけないと思いつつ。 覆い被さるようにして、近寄る。 ふと思いついて自分の顔に手をやると、サーレーが目を細めた。 殴られると思ったらしい。 それに苦笑しながら、眼鏡に手をかける。 今日は必要ないんだよ。まぁこんな光の中じゃあってもなくても… そう、だから俺はこれをはずすんだ。他に理由なんてない。 珍しい俺の行動に、サーレーが俺をじっと見つめる。 見んな。 その言葉のかわりに、強い力で押し倒す。 始まるのを察知してか、ヤツの身体が少し強張った。 始まる。そう、今日も始まってしまうのか。 また俺は只吹っ飛ぶだけの…? 苦しむ声が聞きたい。強張る身体を傷つけたい。 悲鳴を上げる身体を何度も蹂躙したい。 髪の毛を引き上げる。 「…うッ…!」 痛みに眉をしかめる姿にゾクリとする。 引き上げられて上がった首元が無防備に震える。 掻き切ってやりたい。じわじわと責め殺してやりたい。 首筋に強く噛みついて。息が出来ないように気道に噛みついて… 沈み込む。 サーレーの首元に。 無理な姿勢で窒息しかける…その息を聞く。 「苦しいか…サーレー?」 「…は、い…」 「そうか…」 掠れた声に、何度も何度も煽られる。 明かりを消そう。 俺が見えないように。 お前が見えないように。 湿った部屋を暗闇に変えた右手で、頬を触る。 引き上げた髪をゆっくりと自由に。 もう、必要ない。 頬をそっと撫でる。この肌をいつか俺は傷つけた。 触れるか触れないか、そんな触り方で。 冷えた頬が手のひらに染みる。 頬から首元へ。何度も往復する。 「ギアッチョ…さん…?」 困惑の声。 黙っててくれ…もう少し… 唇に指を当ててそっと引く。 柔らかい感触を何度も線を引いて確かめる。 暖かい息が指にかかるのを感じる。吐息か、喘ぎか。 俺はどちらかをコイツに与えられるのか。 一旦放した指でそっと唇をなぞり、そのまま耳元へ。 輪郭をなぞって確かめ、髪をかきあげる。 柔らかいなぁ、と。感じた。 シンとした音が俺の身体にまで入りこんでくる。 俺が撫でた個所に相当してサーレーの息の音が変わる。 探り当てた個所への反応はご褒美のようで気持ちが良い。 首元からやっと胸へ。 身体の形を確かめる。 引き締った身体。そっとなぞると、淡いため息が漏れる。 俺の衣服に触る指。 俺の身体をなぞる指。 サーレーの指がいつしか俺の体の形を教えてくれていた。 「こんな…仕方…。」 「……嫌か…」 「俺なんかには…勿体無いです…」 「何…?」 「もっと、大切な人にしてあげてください…情けなら、俺は…」 コイツは…一体俺をどう見ているんだ。 知りたい、分からない。 こいつはいつも分からない。 だから支配してしまうのに。 何も見えないから、その身体を引き裂いてしまいたくなるのに。 苦しくなる。 勿体無い?自分に?俺の、この、愛撫がか? 俺の、必死の…この、表現がか。 苦しい。 腕を伸ばして、喉を締め上げる。 苦しめ。俺と同じように苦しんでしまえ。 お前が分からないなら、俺と同じにしてしまえ。 俺が苦しい、お前も苦しい。 お前が苦しいことなら理解できる。 だから、苦しんでしまえ。 締め上げると、身体を反らせて俺の腕を掴む。 小さく漏れた声。 強く指を食いこませる。 相当苦しいだろう。分かる。殺しかけてる。俺は。 死んでしまえ。いや、駄目だ、俺を見ないのは駄目だ。 駄目だ。俺を見ないのは、絶対に、いやだ。 お前は俺を見る、俺はお前を見られない。 「苦しいか…」 あまり反応を示さなくなったサーレーに問いかける。 かすかに、反応が返ってくる。 そうか。苦しいか。 何度も問う。 何度も。お前は苦しいか?俺はそれを理解できているか? お前は。苦しいんだな… 掠れた声が返事を返す。 そうか、苦しいのか。 「俺もだ…」 手を放してやると、せきこみ喘ぐ息が聞こえる。 息が落ちつくのを待つ。 俺が苦しくなくなるのを待つ。 「こんなんじゃネェ…俺は…」 なにを言いたかったんだろう。 懸命に脳細胞に呼びかける。 こいつに何を言いたかったんだろう。 何をしたいんだろう。 呼び起こされるように、指が首筋に運ばれる。 俺がつけた傷跡を。また汚した肉体を。 俺の手でなんとか慰めて。中和して。 何度も撫でた。そっと。首も手も腕も身体も。 触る。触れる。感触に流される。 何度か戸惑ったのち、口付けた唇は…物凄く熱かった。 そこがピリピリと、触れるだけで快感を与えてくる。 唇ってのはこんなにも気持ちのイイ物だったか? 自分の唇に、もっと感触が欲しくて。快感が欲しくて。 唇で身体をなぞる。 サーレーの息が深くなる。 なぞるだけで捩れる身体。 俺と、同じ?お前も、俺と同じなのか? そうなら…いいのになぁ… そっと、熱く血の昇った其処へ口付ける。 「は…ぁ…ッ!」 サーレーが震えた。 戸惑う。いいのだろうか。このまま続けても。 足をそっと撫でる。俺が欲しいのは… 優しく撫でる。手のひらに当たる肌の感触を撫でる。 腿の裏側を撫でると、高く息を吸いこむサーレーの身体。 「続けて…いいか?」 「…して、ください…。」 それは諦めでなく、懇願で。 支配されそうなのは俺の方で、それが心地よかった。 さっき口付けた其処を探り、もう一度口付ける。 口内の粘膜で溶かす。焦れるくらいにゆっくりと。 根元の線を舌でなぞる。 「…ア…ッ」 小さな声。こいつの快感をもっと。もっと俺の手で。 サーレーの戸惑いが聞こえる。 押さえる息。 ……違うんだ。 「俺は…大丈夫ですから…気なんか」 「サーレー」 「…はい」 「感覚だけに…なれ」 「…はい…」 また、俺は。コイツは… 違うんだ…。 「俺は…」 「ハイ…」 「俺はお前を汚すだけなのか」 サーレーの息が止まる。 かすかに震えるのを触れる腿から感じる。 何故震える? 俺は… 「俺は…それだけの存在で…」 いたくない。 汚れるな。自分だけ汚れるな。 自分に閉じ込めて悲しく笑ったりするな。 自分をそんなつまんネェもんにするな。 お前はゴミ箱じゃねぇ… 「どうしていいのか…わからねぇ…。お前が、壊れちまう…」 「俺は、大丈夫ですから。だから…本当に気なんか…」 「駄目だ。違う!」 苦しいよ。 胸が苦しいよ。 俺は只、入れたい訳じゃネェ。お前に。お前が俺を見るたびに。 お前が俺を見るたびに、嬉しくなるんだ。 お前は俺を見ている。 だから。俺もお前を見たい。 俺だけ、わからねぇなんて、酷いじゃネェか。 見せないなんて、寂しいじゃねぇか。悲しいじゃねぇかよ。 俺だけ、取り残されて…お前は汚れをしょって一生懸命浄化してる。 それが溢れたらお前どうするんだよ! お前どうなっちまうんだよ。 「俺は欲望じゃねぇ…」 何も言葉にならない、叫びたい言葉だらけで身体が吹っ飛びそうになる。 抱きしめられる。優しく。 コイツはいつも。 俺を抱くだけで。 俺を… 俺は… こう、したかったのか。 サーレーの身体を、出来るだけそっと。 そっと、抱き寄せる。 俺の腕の中にある。 確認する。感覚で。感触で。ぬくもりで。 サーレーの身体が震える。 拒まれる。 「いいんだ…お前は抱かれてていいんだ」 頼む。通じてくれ。 俺の心。クソみてぇな情けねぇ心。 俺はヘドロになりたくない。 お前に溶け込む水でありたい。 いつかお前を包んだ空気のように。 いいんだ。 サーレーの俺を抱く手が緩む。 強く抱いていた手が緩んで、感触だけに抱かれる。 大丈夫。 お前は大丈夫。 汚れてんのは俺だから。 お前は大丈夫。 涙を流しても大丈夫。 怖がるな。俺は恐怖じゃない。 「どうして…」 サーレーが小さく嗚咽する。俺の頬に濡れた感触が伝わる。 「どうして俺が、俺が…アンタは…分かるんですか…ッ」 「わからねぇよ…だから…お前を探して…こうして…」 背中に回した両手を重ねる。その程度の抱擁。 強く抱いたら、こいつはまた汚れてしまう。 「ここに…います。俺はここにいます…ッ!」 サーレーの小さな悲鳴。 消えそうな身体を抱きしめて。口付ける。 「快楽を…情けないものと思いたくない… 大事なもんに。あったけぇもんにしたい…一緒に来い…」 サーレーの俺を抱く腕が、そっと緩んで… 髪を撫でられる。 感触を楽しまれる。 確かめ合う。触れ合って。 頬に触ると、相変わらず冷たい頬だった。 そこに、自分の頬をあわせる。 身体の形をなぞって。何度も確かめて。 大丈夫。何度も囁いた。何度もそれを頭で繰り返した。 俺の麻薬。 大丈夫。 サーレーが俺の腕の中で焦れるように身をひねる。 俺も焦れる。 触れ合った指先から、ジンとしたものが身体中に流れる。 快感。 そっと其処に触れられて、優しく包まれる。 それを与えたくて、サーレーの下腹部を撫でる。 「…ッはぁ…ッ」 かすかなため息混じりの声。 そこに指で直接触れる。頬は寄せたまま。 猫のように頬をすりつける。 そのまま、ゆっくりと握りこむ。 サーレーの身体が一瞬逃げた。 空いた手で。もう片方の頬から、髪を…撫でる。 サーレーの睫毛の感触。俺の頬をくすぐる。 そっと開いた目は何を見てたんだろう。 俺の目は閉じられたままで、何も見えない。俺はこの感触だけでいい。 濡れた其処がかわいそうになってくる。なぞりあげ、包みこむ。 声をかけられない。 沢山言いたい。 でも壊れそうで何も言えない。 サーレーが、誰にも聞こえないように、小さな声で。 俺の耳元に言葉をくれた。 内緒で。 俺をねだる。 「…一緒に、溶けてください…」 もっと深く。もっと沈み込め。 もっと優しく、もっと柔らかく。 サーレーの中から俺は溶け出す。ほどけてしまいそうで目を閉じる。 もっと、もっと感じろ俺の身体。コイツを感じてすべて溶けろ。 よく覚えていない。 もう、はっきりした意識はなかった。 感覚だけで。 求めるだけで。 快楽じゃなく。求めたのは快楽だけでなく。 だけど、何度もイった。 俺はまたぶっ飛んでた。 相変わらず、ぶっ飛んでた。 熱い脳髄が溶かされる。 照れくさかったから明かりをつけなかった。 淡い草の匂い。 誰にも見られないように。 こっそりキスをした。 なんとなく秘密で。 あったかかったから、誰にも教えねぇ。 俺もコイツも… 照れくさいから? ばっか。 大事だから秘密なんだよ。 こう言うのが、欲しい時だって…あらぁ。 俺にとって、コイツにとっても常習性のあるクスリ。 飛べないヤツは探しな。 一つだけ教えてやる。 クスリの名前は一つじゃないぜ。 あとは…秘密だ。 求め合った後、熱い身体を冷やしながら。 サーレーが照れて笑う。 照れくさくて笑う。 本当だ、こんなこと照れくさくて誰にも言えやしねぇ。 もっと俺に秘密を。こいつにも、もっと秘密を。 今、口付けた、触れ合う唇のこの感触も。 この指が絡まって優しいのも。 肌を合わせて暖かいと感じた心も。 暗闇でも見える。 闇が俺を溶かす。 俺達は光じゃない。闇に溶けて。 静かな闇に音もなく包まれて。 井草の香り。 足を絡ませて身体を寄せる。 「ごめんなさい…俺…とめられなかった…でもアンタが欲しくて…」 サーレーの表情が不意に曇るのを止めたい。 「なぁ。俺が許してやるから。ここにいろ。」 いてくれ、なんて言わない。 大丈夫、ちょっとだけ俺に従って。俺に寄りかかってもイイ。 そうすると俺が楽だから。 「でも、恥ずかしいな。」 「いいえ…気持ちイイです…」 そうだよ、こんなに、こんなにゆっくり時が流れるなんて。 俺にもたれかかる、力のない身体。心地よい重さ。 こんなに闇が柔らかいなんて。こんなに俺達が気持ちイイなんて。 だから、秘密にしよう。 もっと、大事に、しよう。な。 そんでもっと気持ちイイ事をしよう。 ……ドラッグは効いたぜ。強烈にな…。 FIN |