部屋の電話が鳴る。

「え?ああ、わかった」

すぐ切ったかと思うと、そのまま何処かへ電話をかけて。

「買い控えヨロシク☆それからァ、あれの始末するから。マスコミに情報流したら即買い。指示は入れるかんね」

簡単に言葉を繋ぐと、そのままもう一度電話を切る。


此処は、セルバンテスの会社の自室。
本当だったら、儂が入るべき場所じゃない。
BF団と、この会社のつながりが見えてしまってはマズイのだ。
儂は国警にもすでに顔が割れているし、マークもされている。
まぁ、そんなものは、エキスパート総出で監視するくらいのつもりではなければな、
儂をマークすることなんて、到底無理な話なのだ。
儂を雑魚に見張らせるなどと、おごり高ぶりもいいところだ。
監視の目をかいくぐる努力のかけらさえも面白みに欠ける。
面白くない!

BF様は、此処の所、どうも何か孔明とこそこそやっているようで
儂たち十傑集には、何の支持も与えられていないようだ。実際、誰も動いている気配を見せてはおらん。
セルバンテスも然りなのだろう、最近では、会社の仕事に掛かりっきりになっている。
昨今やけに世界情勢がめまぐるしい。
宗教的な思想を掲げる小国に、大国があきれ果て、その刃を向けたのだ。
周辺の各国も荒れていて当然。
そのせいかもしれんな、BF団が簡単に動かないのは。
渦中に巻き込まれるような我等ではない。
隙を見つけて、全部もぎ取るのだ。

「すまないね。せっかく来て貰ったのに、お茶の一つも出せない」
「いや、突然押しかけた儂が悪い」
「でも呼んだのは私だよ?」
「断らなかったのは、儂だ」

暇をもてあましていたのは、本当だ。
しかし、こう、なんだな。
いざ呼ばれたからと言って来てみれば、仕事の邪魔のようで。
…邪魔になるのが分かっているなら、何故儂を呼んだりするのだ。

電話が鳴る。

「…あ、チョイごめん」
「気にするな」

かちゃり

「私だけど…うん。そう、わかった、じゃあ、手配しといて。…私の予定くらい分かっているだろう、私に聞くな」

…苛々している様だな。

「謝るな、余計な話は今は無くていい。…そう。そうだね?わかればいいんだ。君の手配を信用しているよ」

…アメと鞭ってヤツか?
上手いものだな。
ずっとこんな調子なんだろうか。仕事中のセルバンテスというのは。
特に、何をする風でもないのに、コンピューターとにらめっこしてみたり、
其処から打ち出された書類に目も通さずサインもせずにシューターに流したり。
特に多いのが電話だ。

「…ふぅ」
「面倒だな」
「…ナーニソレ、嫌味?」

…そんなつもりで言ったわけではないのだが。

「…いや、御免、私もどうも苛々しているようだ…」
「休めていないのか」
「休めるわけ無いだろう、こっちだってそりゃ休みたいさ、でも」
「…」
「…御免」

なんなのだ。
人を呼びつけといて。
当たるために呼びつけたのか?
…儂は、ストレス解消の道具では無いぞ。

「帰る」
「…え、あ、アルベルト、ごめんよ、違うんだ」
「何が違う?でまかせは止せ、忙しいなら、邪魔ならば、何故呼んだ?」
「…」
「気晴らしか?」
「…わからない」

気晴らしか。
成る程な。
儂は気晴らしか。

…忙しくて仕事に追われているものをさらに追い詰めてどうするんだ。
儂までそうしてどうするんだ。

電話が、鳴る。

セルバンテスが儂を見る。

そのまま、受話器をとる。

申し訳なさそうな顔の一つもしないのだな。
ならば、もういい。失礼にも程があるというものだ。
電話口の相手と言葉を交わすセルバンテスを尻目に、扉のほうへと踵を返す。

会話の声はまだ聞こえる。
慌てて呼び止めたりもせんのだな。

…失礼な。

そもそも、儂だって暇なわけでは…暇だ!暇だから来たのだ、ああそうだ。
そうだ、暇だから、面倒でもわざわざ出向いてやったのだ。
お前は単なる暇潰しだ。

しかし、その暇も潰せなかったぞ、つまらんやつめ。

…儂を呼ばんのだな。

帰ろうか。仕方の無いことだ。

儂は儂で、自分の時間を楽しむことにしよう。
そこで、ずっとそうやって、仕事に追われているがいい。

扉に手をかけながら、少しだけ背後の気配をうかがうが、変化があるはずもなく。
舌打ちを飲み込んで、それを押し…

ガタァン!

「!?」

突然の音に、驚いて図らずも振り返ってしまったことを悔やみかけた、が
目に入ったものを見た瞬間に。
それは、その衝撃に全て消し去られた。

「セルバンテス?!」

机の上に片手を投げたまま、床に倒れこもうとするその身体が、
やけに、重い音を立てた。
「お、おい!?」
駆け寄り、その身体を抱く。
冷静になれ、ここで滅茶苦茶に振ったりしてはいけない。
脳みそがごろごろしてしまう。
イヤ違う、とにかく振ってはいけない。
何があったのだ?疲れで倒れたのか、イヤ、疲れの溜まった顔をしてはいたが、
倒れるほどではないように見えた。
思ったより、疲れていたのか?
それとも、何かの陰謀で狙撃でも!?

まさか
身体を起させて、その白いスーツを上から下まで確認してみる。
…血のにじみの一つ、無い。

「セルバンテス?」

かすかに上下する胸。
息は、しているようだな。
胸に耳を当ててみる。
鼓動もある。少し早い感じもするが、特に問題は無いだろう…医者の免許も無い儂に分かるはずも無いが。
無いが、何故かそう思えた。

見ると、左手に持ったままの受話器。

匂いを嗅いで確かめてみる。
…薬が仕込まれたというわけではなさそうだ。
ふん、成る程、つまらない所でBF団での研修が役に立つものだな。
電話の向こうの相手は一言もしゃべらず、小さな電子音が聞こえるのみ。
何か、音の周波で人をどうにかするという手かもしれない。
長く聞いてはいけない。
そっと、耳に当ててみる。

…つー、つー、つー


切れているだけじゃないか!!!緊張して損した!
はっ、いや、取り乱してはいけない。
それより、セルバンテス。
どうしたものか…このまま、ほおっておいて、大丈夫なのか?
「ん…」
「セルバンテス?」
苦しげに眉根を寄せて。
うっすらと汗も掻いている様だ。
首元に手を入れてみると、少し熱い気がした。
しっとりと湿ったうなじ。


ぐったりともたれかかる身体、気絶した人間というのは、普段より重く感じるというが。
確かにそうかも知れんと、初めて思った。

医者を呼ぶか?

…儂がいるのがばれる。
連絡だけして、消えるという手もある。
しかし、恐らくは、儂の痕跡を国警が見つけてしまうだろう。
厄介だ。

簡単な応急処置なら、それもまた研修で受けた。
なんだか、骨が折れたら添え木をしてクルクル巻くだの、
ここが出血したらここを抑えるだの、
息をしていなかったらキスをするだの、
意味が分からん。
しかし、少しは真面目に頭に入れておくべきだったのか、と今になって、思う。

…そうだ。

今、儂は、このセルバンテスを前にして。

何をしていいのか、まったく分からないのだ。

ころろろろろろろ

「!!!」

電話!

そうだ、電話、どうする?ほおって置くか?いや、ほおって置いたら、セルバンテスが突然いなくなったことになる。
普段コイツはどうしている?
いなくなる前に、誰かにそのことを告げているのか?
いるのだとすれば、この電話を取らないのは不味い。
しかし、儂には、セルバンテスのような声は出せん。
セルバンテスはよく儂の喋り方を真似してふざけてはいるが、儂はしたことも無いぞ。
変声器でもあれば、いや、持っていないものにすがっても仕方ない。

ころろろろろ

ころろ…

電話の音は、3コールでやんだ。

思ったよりも、相手が切るのが早い。
大した用ではなかったのか?
どうする。
このまま。この部屋にいていいのか?
…ここに来たのは不用意だった。

辺りの音に神経を張り巡らせる。

足音。
部屋の前を通り過ぎる。
…階下で人の話す声。

誰かが何かを察知して飛び込んでくる気配は無い。

それでも、耳は澄ませたまま、手にしたセルバンテスを、ソファーに横に寝かせた。

スプリングの軋む音。

セルバンテスの呼吸音。

ふと、目を落とす。

…何故、そんなに苦しそうなのだ?

眠っているのか?
気絶しているのか?
ここに、今セルバンテスの意識は無い。

それなのに、何故そんなに苦しそうな顔をしている?


しばらくの間。
儂は、其処にじっと立っていた。
どうしていいのか分からないのだ。
だから、傍に立っていた。

自分の眉間に深い溝が入っているのに、気づく。
このまま、見ていても仕方が無い。

屈み込んで。
クフィーヤの前止めをはずし、ネクタイを緩めるべく手をかける。
…上下する胸。
時々、深く息を吸い込み、深く吐く。
胸の上に乗った儂の腕が、それにつれて上下した。
結び目、儂とちょっと結び方が違うセルバンテスのネクタイには、時に手を焼かされてきた。
それを、負担を与えないように丁寧にはずす。
結び目を解いて、ふいに首元に手の甲が触れる、
ゆっくりと指を動かし、刺激を与えないように、内側から布地を抜き取る。
解いた向こう側に、上までしっかりと止められたシャツのボタン。
ためらいつつ、手をかける。

「っは…」
「セルバンテス?」
「ふ…ぅ」

ひときわ大きく息を吸い、そして、また吐く。
ため息のような、深呼吸のような動作をするときというのは、
胸の中に何かが溜まっているときだ。
何が、その胸の中に溜まっているのだ。
何故お前は倒れた。
…十傑集ともあろう物が。
恥ずかしくは無いのか。

固形物が、指先に丸い触感を与える。
それを布の穴にくぐらせて、解放する。
一つ。
もう一つ。
顔を見ると、眉を寄せていた度合いが、少しだが…違うように思えた。
もう一つに手をかけた。
…すまん

鎖骨の一番高い部分に。

唇を寄せて、そっと、唇で食む。

そのまま、もう一つのボタンを、解放した。

セルバンテスの匂い。

ここも、汗をかいている。

「アル…」
「!?」

慌てて顔を上げたが、気が付いた様子ではなく。
…夢心地に儂を呼ぶとは。
…そうだ。

暇つぶしなんかではない。

そうだ。

暇つぶしに、ここまで来たのでは、無い。

「お前に、会いに来た」
「…あ」

セルバンテス。

儂は…


「アルベルト…」

グ、と身体を反りあげて。
天に向かって、手を突き出す。
「セルバンテス?!大丈夫か!?」
「あ、あ、駄目」
「お、おい?」
「駄目だアルベルト!それマグロ漁船!!!!」







マグロ漁船?






じわじわじわじわ、と、儂の中に巻き起こってくる、そう、身体の奥底から

んんんん



ぐにーーーーーーーーー!

「あーーーー!?」

ぱか、と目を開いたセルバンテスが、妙な声を出して暴れて。
その眉間に、儂の親指。
の、
爪。

「痛い痛い痛い!?ナニこの圧迫感!?」
「バカモン!何がマグロ漁船だ!」
「アルベルト」
「儂はマグロ漁船ではない!」
「アルベルト?」
「なんだ!」

「…ねえ。何でネクタイ外れてるんだい?」

…や、

「ボタン…」

…うぬぅぅうぅぅぅ

「私が寝ぼけて脱いだかい?」

にぃ〜、と、儂に向けて、意地の悪そうな笑み。
「そもそも!!!!…そうだ、お前、身体は」
「…身体?…オヤ?なんか背中が痛いよ」
…倒れたときにぶつけた箇所だな。
「突然倒れたんだぞ、お前」
「…あ、ああ、そうか、…ちょっと使いすぎた所為かも知れない」
「ツカイスギタ?」

「そう。さっきね、…耳貸して、(さっき、電話取っただろう?電話越しにアレに能力を使ったんだ)」
「なに!?」
「(しー。無論殺すためさ?)」
「…ならば、そうと…」
「(孔明に口止めされててね。御免よ。)って、別に耳元で話すことでもないんだけどね」

突然普通の音量で耳元で話された儂は、ぎ、と首筋がひきつるのを感じて、目を見開いた。
「おまけ」
ぺろん。
「…んぬぅッ」
貴様。
貴様。
其処に直れーーーーーー!!!

掴みかかりかけた儂の手をちょいと払って。
「あちょっと待って、電話するから」
ころころころころじー。

儂は掴みかかったままの姿勢で。
コホンと咳払いをして、居住まいを正す。

「あ、あのねぇ、今なんか、突然死したらしいよ、うん、ウソじゃない。調べてみない価値は無いよ、なんてったって」

その手は、首に引っかかったままのネクタイをするりと引き抜きながら。
その目は、儂を完全に捉えていて、完全に勝利の笑みを投げかけている。

「死んだのは今をときめく教祖様だからねン」

それだけ言って、
電話を置いた。

儂を手招きする、ネクタイが床に落ちる。
シャツのボタンが、弾け飛んで。
儂はその胸に、顔をうずめた。

ころころ、と、電話の音。

電話口に向かって、指示を与える声。
憎たらしくて。
まだ柔らかい突起に歯を立てた。
「…っぁ、ん、そう、ハハ、こっちは気にしない、で、」

もう一度。

「んぁ!…っは、ぁ、うう、ん、そう、後、頼むよ、私は、忙しく、なるから、ネェ…そう、フフフ、じゃ…」

目の端に、
受話器が置かれるのがかすかに映る。

「意地悪だネェ君は」
「踊らされたこっちの身にもなってみろ」
「…よし、わかった、じゃあ今から、私は君の思い通りだ。」

気持ちよさそうに。
儂に手を伸ばすから。
それを掴んで引いてやる。

どう、されたいのだ、儂に?
何を求めたいのだ、儂に。
…素直に言うまで、…終わりは、無いと、思え。
















何故、儂を呼んだ?    分からない、は、答えとして認めんからな…













世界が動き始めるのを尻目に。
お前は、儂に溺れるがいい。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

こめんと

…なんにゃろう?この話。
たいしてエッチして無いよねぇ。
…なんだろう?

てか、セルバンテス、本当に気絶してたのかしら。
フリかもしれないよ。フリかも。
謎が多い小説です。はにゃー。