「それで?何故に儂がお前に同行すると決まったのか、その点をはっきりと教えてもらいたいものだな」 アルベルトは何だかひどく不機嫌で。 まぁ、それもそうか。突然用があるからといって連れ出し、 しかも突然車に乗せられて朝鮮支部を出たと思ったら、別に仕事じゃないよ、なんて私の一言。 まー、怒るだろうね。 …たまにはさ。 任務外の君も、ちゃんと見たいじゃない。 「そ、それでは理由にならん!」 「あ、照れちゃって」 真っ赤なオープンカーにクフィーヤがなびいて、側頭部が締め付けられてちょっと痛い。 イカルをはずして、ミラーの接続部分に引っ掛けた。 強い風の日の洗濯物、鮮やかな白のシーツが風にはためくよろしく飛んで行きそうになるクフィーヤ。 慌てて押さえると、アルベルトがさっと手を出して掴んでくれる。 「ありがと」 「…かまわん、…話が戻るが、そもそもだな、儂等は、重大な任務を背負って…」 「世界征服が重大な任務?」 前を向いたまま、アルベルトのほうは見ない。 ふふふ、一体どんな顔をしてこの言葉を聴いているんだろうね。 それを見ずに想像して楽しむのも、面白いものだな。 肘を車のドアに引っ掛けて、流れる景色を追う。 サイドミラーに写る背景と、直接目に映り流れる景色。 まるで、タイムマシンだね。 アルベルトは何も言わない。 …わかってる。私はまずいことを平気で言ってのけた。 沈黙が流れて。ラジオの音と風の音だけ。 頭上に走る鉄道のラインが、架に超音波のような音を響かせていく。 「…二度と言うな」 「え?」 「二度と言うなよ。セルバンテス」 … アルベルトには理解できなかったかな…勘違いされれば即組織に殺されるね。 多分、私の言葉の裏に何かもっと意味があるのだろうとか難しく考えていたんだろうけど。 そのままなんだよ。 馬鹿馬鹿しい、世界征服なんてね。 人間が征服したいのは世界じゃない。 征服したいのは、人間の心さ。 そう、私は征服してやりたい、全ての人間の心を。 でもおかしいもんだね、アルベルト、君を征服したいとは思わない。 できれば、私を征服して欲しいな。あはは。 …考えてて、自分でも本気なのか冗談なのか分からなくなる。 むぅ、と付いた肘に顎を乗せて、むにゅ、とほっぺたを押し上げてみた。 ちょっとした、自分への戒め。 「…どこへ行くんだ、セルバンテス」 「おや、一緒に行く気になったかい?」 ちら、と横目でお隣さんを見ると、思っていたよりすっきりした顔。 あ、あれ? 困惑してるんだろうと思ってたのに。 なんで、そんな爽やかーな… 「しかたあるまい?儂はオイルダラーに誘拐されたのだからな」 そういって、口の端を持ち上げて、座席に背中をゆったりとあずけて。 時に、予想外のことをするね、アルベルトは。 まさか、開き直っちゃうとはねぇ 「開き直りではない」 「じゃぁ、なんだい?」 「そうだな、…気が向いた、と言えば納得するか?」 胸ポケットからシガーケースを取り出して。ケース内をチラッと見ると、アルベルト御愛用のモンテクリストAが1本。 それと、ドライシガーのオリファントアイボリーゴールドが2本。 アルベルトの好むシガーは、どれも個性的なものが多い。 しかも、少し乾燥しちゃったような葉巻が好きで。 口の中が辛くなるから、私は好きじゃないんだけどね。 ワインでいえばマルゴーよりラトゥール。 モルトでいえばマッカランよりラガヴーリン。そんなタイプ。 キスをしたときに、毒されるような感覚がして。それは…好み的に言えば、好きなんだけれども。 …蛇足が過ぎたね。 当のアルベルトはと言うと、ドライシガーを口に運びながら、空を見上げて。 「しかし、予備の葉巻がなくてな、不自由するかも知れんな」 「…させないよ」 「期待しておこう」 こんなアルベルトを見るのは、はじめてだった。 戦いの中、まるで黒豹のように見えたあの姿。 体格はしっかりしているのにしなやかに動く、まるで、影。 それに見惚れた自分。 しかし今。私の目前で、今。黒豹が草原で遠くを見つめて寝そべっている。 「…まいったね、誘拐犯か、私は」 私がそうつぶやくと、したり顔で軽く眼を伏せて。 まったく。眩惑のセルバンテスを惑わせるなんて。本当に、君は、悪い男だね… |